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茨の刻印・45



「それにしても、廃墟同然とはいえ元神殿の最深部に何故魔族が居たんだ?」
 下山しミストの館に戻ってきた姫は、廊下を歩きつつ疑問を顕にした菫色の瞳を向け隣を歩く銀髪の賢者に問うた。
「おそらくは、指輪を求めてやってきて苦しんでいた霊達の負の念が魔族を呼び寄せたのだと思います。詳しい事は今となっては知る由もありませんが。悪しき思いは同様のものを引き付けますからね」
「そうか。でも……本当に心から苦しむ人達を助けたい一心で指輪を欲して亡くなった者達は、さぞ無念だったろうな。そんな大層な物を私などが使っても良いものなのかな? 神聖魔法も使えない私など最初から拒まれているのではないか、と思わなくも無い」
 苦笑を浮かべる紫銀の髪の姫にフォレストは宥める様に言う。
「私の姫君……神聖魔法が使えない事がそんなにいけない事でしょうか? 私はそうは思いません。何故ならあなたは神聖魔法が使えなくとも充分に慈悲深い心をお持ちだからです。あなたは私の誇りなのですからそう自分を卑下してはなりません」
 うっとりするような優しい笑みを向けられ、姫は一瞬見惚れてしまう。
 気がつけばミストの書斎の扉の前だった。
「フォレスト……」
 ああ、駄目だ。そんな瞳で見つめられたら目を逸らせない。
 心臓がドキドキして早鐘を打っているけれど、それさえも心地良くて。
 フォレストは姫の頭を優しく撫で、そのまま頬を撫でその豊かな紫銀の髪に手を滑りこませる。そしてフォレストの端正な顔がゆっくりと姫に近づいていき――――。
「コホン」
 ぼうっとしかけた姫の意識を現実に引き戻したのは、二人の後から来たミストの咳払い。
 お互いの唇があと数ミリで触れるという所でぴたりと止まる。
「いちゃつくのは大いに結構だが、時と場所を考えてもらえると有難い」
 ミストはいつもどおり大して興味なさげに言う。
「!!」
 ミストの存在に気付いた姫は、恥ずかしさと驚きで瞬時に真っ赤になり、反射的にフォレストを両手で突き飛ばす。それでもフォレストは全く動じなかったが。
「どうせなら事が済むまで待ってから現れてくれれば良かったのに」
 余裕の笑みすら浮かべて、フォレストは姫を抱き寄せる。腕の中で必死にもがく姫の事など全く気にしていない。
「ふん」
 と鼻で笑いミストは己の書斎へ入る。先日、『普通』の書斎になったそこは、今も普通を保っているようだ。ミストに続き姫とフォレストも入室する。
「さて。この指輪だが……強めのプロテクトがかかっている。神殿へ行って浄化師に解いてもらわねばならんな」
 ミストは聖なる力を秘めた指輪を指で弄びながら言った。
「解りました。以前行った事がありますし場所は解ってますから、今から行って来ましょう」
 フォレストはミストから指輪を受け取り、布にくるむ。
「ああ。私は準備をして待っている」
 準備とは姫のリミッター(魔力制御装置)を作る準備の事だ。
「さ、行きましょうか。姫」
 いつものようにフォレストは姫に手を差し出し、彼女はその手を取る。

「浄化師か。世話になったことが無いので遠くから見てるだけの存在だったな。浄化師は何でも浄化するのが仕事なのか?」
 神殿への道すがら姫は早速疑問に思った事を賢者へ問う。
「そうですね。浄化出来るものなら何でも浄化します。魔法と同じで能力の差はありますが」
「フォレストは浄化は出来ないのか?」
「ええ。私には浄化は出来ません。……浄化師は己の何かと引き換えにその能力を得ると言いますから」
「そうなのか。それは初耳だな。では浄化師は貴重な存在なのだな?」
「そうですね。一つの神殿に一人か二人しかいませんし」
「それにしても、何かと引き換えとは……」
 何か思案し始めた姫を優しく見守りつつフォレストは歩みを進める。二十分程歩いただろうか。程なく白塗りの神殿が見えてきた。
 やはりいつ来ても神殿は落ち着いた雰囲気で心が静まっていくな。
 聞こえてくる賛美歌も綺麗な旋律だな。
 フォレストの後に続いて、初めて訪れた神殿内を歩いていく姫。床は大理石で心を落ち着かせる青の絨毯が敷いてある。ときどき廊下の壁側に女神の彫刻像が置いてあったり、神を崇めている大きな絵画が飾られている。
「着きましたよ、姫」
 と、フォレストがある扉の前で立ち止まる。他の扉と違いとても繊細で綺麗な装飾の限りを尽くされた白い扉。
「浄化師は繊細な方が多いですから、静かにお入りくださいね」
「うむ」
 姫の返事を確認し、フォレストは二回扉を軽く叩いた。すると中から「どうぞお入りください」と女性の声で返事が返ってくる。
「失礼します」
 そう言ってフォレストは扉を静かに開け、姫を先に入れてから自分も入室し扉をそっと閉める。
 目の前には柔らかなクッションに胡坐をかいて座る少女が居た。両目を閉じ静かに微笑を浮かべている。頭にはヴェールを被り、清楚なデザインの純白の衣装を身に着けている。髪も肌も雪のように白い。
「その懐に入っている物を浄化すれば良いのですね。お貸しください」
「宜しくお願いします」
 フォレストはくるんだ布から指輪をそっと手渡す。姫は二人のやりとりを見ている事しか出来ない。
 何も言っていないのに何故指輪の事が解ったのだろう?
 魔力感知のようなもので解ったのだろうか。
 浄化師は指輪を包み込むようにそっと手を合わせる。そして、その口から温かくて懐かしい、それでいて神々しさを感じさせる歌が紡がれる。
 歌が終る頃には包み込まれた手の中から淡い光が溢れていて。
「     」
 手を開きそれでもなお宙に留まる指輪へ向って浄化師が聞き取れないほど小さな声で何か呟くと、指輪から人影が浮かび上がり、可憐な少女へ変化する。
 姫もフォレストもその様子を静かに見つめる。
「なぜあなたは自分を縛るのですか?」
 浄化師問いに指輪から浮かび上がった少女は答えた。
「拒まなくては魔に飲まれるからです。私は私の聖なる力を失わない為に自らを硬い殻に閉ざしました」「なぜ魔に飲まれるのですか? ゆっくり話せるところまで教えてください」
「私は初め一人の少女に与えられました。彼女の心はとても清らかで私の力が発現する最高の源でした。病や怪我に苦しむ人々を救う私の使命と彼女の心は完全に同調することが出来たのです。けれど、彼女を良く思わない人間によって罠に嵌められ、彼女は殺されてしまいました。彼らの狙いは私でした。魔法でも治す事の出来ない不治の病さえ治せたのですから。金の亡者には喉から手が出るほど魅力的だったのでしょう。けれど彼女も大人しく命を落とす訳に行かないと、私を谷底へ投げたのです。私はほっとして彼女に感謝しました。けれど、それも束の間の事でした。心無い人間が谷へ落ちている私を手に入れようと神殿にやって来たのです。揉めたのでしょう、上から私の側に人間が落ちてきました。彼はよほど未練があったらしく天に昇る事も出来ずに、神殿の奥深くで彷徨う事となりました。勿論、善意で来た人間も居ましたが、その頃には邪念を持った霊達に取り込まれて命を落としていたようです。更にいつの間に居たのか、霊達の念に引き寄せられるように魔族が居つくようになり、その場所は悪しき念で満たされていました。いくら私でもそんなところにずっと置かれたままでは聖なる力を保てません。ですから私は、私を守る為に己を硬い殻に閉じ込めたのです」
「そうですか。…何か仰りたい事があればどうぞ」
 姫とフォレストに瞳は閉じたままで顔を向け、浄化師が言った。
「では私が。聖なる力を秘めし指輪よ、もう己の殻に閉じこもる必要は無いのです。あそこに居た魔族も霊達も私たちが滅しましたから。今後、そのような事態にならないと約束します」
「本当ですか?」
 指輪から浮かび上がった少女は問う。
「本当です。そしてあなたの新しい主はこの方です。あなたなら解る筈です。これ以上無い最高の主人となるであろう事が」
 フォレストは微笑する。
 指輪から浮かび上がった少女は、姫の方へ全身を向け見つめる。一通り観察が終ったのか、そっと手を伸ばし姫の手に触れた。
「っ!」
 触れた瞬間室内が閃光に包まれる。中々戻らない視力で、それでも目を凝らしてようやく落ち着いて辺りを見ると、少女は消えていた。  
 そして浄化師が落ち着いた声で言った。
「これで浄化は終りました。……その指輪はよほどそちらの方がお気に召した様子。気をつけてお帰りください」
 微かな微笑を浮かべて浄化師は姫を優しく見つめた。やはり瞳は閉じたままだったが。
「ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げ、姫とフォレストは浄化師の部屋を出た。
 そうして。姫は神殿を出てから「あっ!」と声を上げる。
「フォレスト、指輪を返してもらってないぞ! 戻らねば!」
 浄化師の部屋へ駆け出そうとした姫の手をすかさずフォレストが引っ張る。
「大丈夫ですよ。直ぐに気付くと思ったのですが……」
 フォレストは楽しそうに笑いながら言う。
「あなたの右手の中指に嵌っているものがそれですよ」
「うわ! いつの間にっ」
 自分の右手を見るや驚きの声を再び姫は上げた。その隣では噴き出したフォレストが堪らず姫をぎゅうと抱きしめる。
「ほんと姫ってばかわいいっ!」
「放せ! 莫迦者!」
 指輪の存在に全く気付かなかったのと、人前で抱き込まれたのとで恥ずかしさが頂点に達した姫はそう叫んだのだった。
 フォレストはふっと微笑んでその手を解放する。
「では姫が恥ずかしくない様に話題を変えて差し上げましょう。先ほどの浄化師ですが、かなり高位の方ですね。それだけ多くのものを引き換えたという事なのですが」
 何が変えて差し上げるだ、と思いつつ姫は少し気持ちが落ち着いてきた。
「そういえば始終、瞳を伏せたままだったな…まさか…?」
「おそらくそうでしょうね。己の犠牲が大きい程、浄化師として優れているのですから。彼女はきっと多くを犠牲にしたのでしょう。あえて口にしませんがね。それ故に、神殿では浄化師は尊敬と畏怖の対象となり大事にされているのですよ。その身の安全は王族に次ぐでしょう」
「そうだな……自分を犠牲にしてまで。そうまでして浄化師になるなんて並大抵の事ではないな。きっとそこには深い慈悲の心があるのだろう」
 浄化師は己の何かを差し出した分だけその力を得る。それが大きければ大きいほどその能力は強く。自己犠牲の愛と言っても良いのかも知れない。視力を差し出す者、寿命を差し出す者、心を差し出す者、時を差し出す者。己の犠牲がどれだけ大きくともその能力を得たくて浄化師になるものがほとんどだと言って間違いではない。そこまでして浄化師になる彼らの心はどんな鉱物より硬く揺ぎ無く気高いのだろう。
「彼女のように、浄化する対象が人で無い場合、あのように具現化させる事が出来る浄化師は国に一人居るか居ないかでしょうね。きっと見かけ通りの歳ではないでしょう」
「!」
 フォレストの言葉に姫は目を見開いて驚く。
「そんな凄い人に、あんなに気楽に会えて良いものなのか?」
「身の保障は万全だと申し上げましたでしょう? 見える所に居なかっただけで、すぐ近くに護衛が居ましたから。あれだけ見事に気配を消されると普通は解りませんね」
「気付いてたのか! 私は全く気付かなかったが……」
「こればかりは経験の差でしょうね」
「……」
 姫は恨みがましい瞳でフォレストを見つめる。
「どうかしました?」
「狡い!」
「え?」
 思わずフォレストは聞き返す。
「何故そなたは何から何まで完璧なのだ。いかにも術士という風体をしていながら剣も武術も私より強い。その上私に無いものを全て持っているなんて狡いではないか!」
「ふふ、隣の芝生は青いものですよ」
 フォレストはそんな姫が可愛くて可愛くてもう一度抱きしめたかったが、頭を撫でる事で我慢した。それでも姫はやはり不服らしく「むう」と可愛い唸り声を漏らした。
「折角外に出たのですし、少し寄り道して帰りましょうか?」
「いいのかっ!?」
 姫はさっきの感情はどこへやら、瞳を輝かせ嬉しそうに聞き返す。いくら他国とはいえ、護衛も変装も無しに堂々と歩き回るのは得策ではないと解っているからだ。
「構いませんよ。姫に無礼を働くものがいればそれなりの対応をするだけですから」
 フォレストはにっこりと微笑んだ。
「嬉しい! どこへ行こうか――――」
 姫は楽しくて仕方が無いようだ。嬉しそうに今後の予定を考えている。
 ぐううううぅ〜。
「どうやら、お昼が先のようですね」
 フォレストは真っ赤になった姫を見ながら、料亭へ行くことにした。

 看板に『金色猫の鈴亭』と書かれている店に姫とフォレストの二人は入る。
 店はかなり繁盛しているらしく、活気に溢れ注文と給仕と厨房から聞こえる声が間髪いれず飛び交っている。
 すぐに姫達二人に給仕が「何名様ですか?」と声をかけてきた。「二名、出来ればあまり人目につかない所」とフォレストが答えると、「こちらへどうぞ」と二人は二階へ案内された。
 そういう人用にあつらえてあるのか二階は席もまばらに空いており、今は十人前後といったところだった。
 姫はこういう場所にほとんど来た事が無く勝手が解らないので、オーダーはフォレストに任せる事にした。他愛も無い会話をしながら水を飲んでいると、さほど待つ事も無く料理が運ばれてきた。
 金髪の活発そうな緑の瞳の少女が手際よく二人の前に出来立ての香ばしい料理を配置する。フリルたっぷりの給仕服がとても良く似合う美少女だ。
「どうぞごゆっくり」
 そういって給仕の少女は下へ降りていった。
「それにしても、随分沢山頼んだな。フォレスト」
 机のほぼ全部が料理で埋め尽くされていた。
「私こうみえて結構食べるんです」
 そう言ってフォレストは軽快に食事を口に運ぶ。フォレストの手前にあった、骨付き仔羊肉の網焼きバジリコ風味、鶏の照り焼きレモンクリームかけがあれよという間に消えた。続いて淡水魚のムニエル、シーザーサラダと悉くフォレストの胃に収まっていった。
「……」
 姫は半ば食べるのも忘れかけながらフォレストを観察していた。その間にもデザートに手を伸ばすフォレスト。見てるこっちが満腹になりそうだった。
「うん、美味しいですね♪」
 レモン風味のチーズスフレを口に含み満足そうに微笑むフォレスト。
「本当に結構食べるんだな。少しびっくりしたぞ」
 言いながらも美味しそうに食べるフォレストを目の前にして悪い気はしないので、姫も微笑んで見せた。
「料理は作るのも食べるのも好きですからね。ハーブティーも美味しいです」
「そうか。なら今度手作りクッキーでも作ってもらおうか?」
「喜んで」
 そうして穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。自分の食事を終えたフォレストは楽しそうに姫が食べるのを見つめている。しかし姫は心がざわめいて食べる事に集中出来ないでいた。
「……フォレスト、そんなに見つめられると食べ辛いのだが」
 頬を僅かに薔薇色に染め姫が言った。
「いえいえ、私の事はどうぞお気になさらず♪」
「そう言われても……」
 漸くデザートにたどり着いた姫は、それをひとくち口に運ぼうとして落としてしまう。
「おやおや。仕方ないですね、私が食べさせてあげましょう」
「! いや、良いから! そんな事されたら余計恥かし…あっ」
 姫の言葉を遮るようにその手からフォークを取り上げ、フォレストが一口大に分けたデザートのコーヒーゼリーを姫の口元に差し出す。
 こっ、こいつ絶対解っててやってるだろう……!
 フォレストはこういう時いつも意地悪するのだ。
 そう言えば以前もこんな事をされた覚えがあるな。
 顔が煮えたぎりそうな程熱くなるのを感じながら、姫はそれを口に入れるべきか否か迷っている。
「……私が差し出したデザートは食べられないとでも?」
 少し拗ねた様にフォレストは表情を曇らせる。
「そっ…そんな事は無いが……」
 今ここでこの行為に及ぶ事は姫にとってとても恥かしい事だ。
「どうしても嫌だと仰るなら、口移しという実力行使に入らせてもらいますが?」
「!! わ、解った、食べるから……っ」
「宜しいv」
 フォレストは姫が湯気を立ち上らせる勢いで真っ赤になり、デザートを口にするのを確認すると満面の笑みを浮かべる。
「はい、もう一口♪」
「!!!」
 結局、コーヒーゼリーが無くなるまでフォレストはその行為をやめる事は無かったのである。
 フォレストは上機嫌、姫は真っ赤になったまま、少し怒ったような表情で店を後にした。
「さて、これから何処へ行きましょうか」
 涼しい顔でフォレストが姫に問うと。
「私は帰る!」
 と姫はフォレストを軽く睨み攻めるように言った。
「フォレストと仕事以外で一緒にいると、いつも恥かしい事ばかりされるからミスト殿の書斎にいる方が良い」
「だって姫があんまり可愛いから、つい」
 反省の様子も無く嬉しそうに話すフォレスト。
「莫迦!」
 付き合ってられるか!
 姫は元来た道を足早に歩き出す。
「あっ、待ってください。姫!」
 目の前を行く紫銀の髪の美少女に嫌われるのが世界で一番恐ろしい賢者は慌ててその後を追うのだった。



TO BE CONTINUED...
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*ムードを壊されてもいい人のみ反転で↓
*
ううむ、台詞長っ!!(苦笑
*



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