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茨の刻印・40



 何とか応戦するソウェルだったが、いかんせん相手が悪すぎる。
 ルシス・ドーヴァは魔力を吸う魔具を目の前にしても一向に怯む様子が無い。そんなことはお構いなしに、そのしなやかな体躯に似合わぬ大剣を軽々と扱っている。
 彼の動きは研ぎ澄まされた刃のように鋭く冷ややかで隙が無い。冷笑を湛えたままソウェル目掛けて攻撃を繰り出す。それはまるで相手の反応を楽しんでいるようですらあった。
「……」
 ヤバいな…。
 ソウェルは休む事無く繰り出される攻撃をかわしながら心の中で舌打ちした。
 徐々に押されてきているのが解る。
「どうしました? 息が上がっているようですが」
「うっさい! 誰の所為だと思ってるッ!」
 くそ! あんな重そうな剣をふりまわしてるってのに何で息一つ切れてないんだ、コイツは。
 長期戦になれば確実にヤバいぞ。
 ソウェルは自らの軸足に体重を乗せ戸惑う事無く、勢い良く地を蹴った。一流の剣士すら惚れ惚れするような流麗な体捌きで一気にルシスの懐に入る。
 だが急所目掛けて彼女が突き出した剣は虚しく空を切る。二撃目、三撃目と繰り出した剣も難なくかわされる。
 こんな、女みたいに綺麗な顔をした奴に剣をかわされるのはとても不快だ。
「まだまだぁっ!」
 常人離れした速度で繰り返される二人の攻防。力の差は明らかだがあっさりと引き下がるわけにはいかない。そんな気合のソウェルに運が味方したのか、ルシスに一瞬の隙が生じ彼女はそれを見逃さなかった。
 ソウェルの繰り出した一撃がルシスの右肩を貫く。
「なるほど、伊達に私を追っているわけではない、と言う訳ですか」
 傷口から鮮血が溢れるのも構わず、冷笑を浮かべ、ルシスは痛む様子もなく他人事のようにそう口にした。
 一方ソウェルの魔具である剣『雪華』はルシスの傷から流れる血を吸って、その刀身を淡く輝かせている。魔力の源であるマナを直接彼から吸い取っているのだ。蛍のような淡く小さな輝きが次々とその透明な刀身に吸収されていく。
 ソウェルは次の一撃に備え、ルシスの様子を注意深く見据えている。
 す…とルシスの左手が透明な刀身を掴んだ。
 それに伴いソウェルの瞳が警戒から細く狭められる。
「……」
 引き抜こうとでもいうのか?
「その剣、見た目だけなら綺麗で気に入ってたのですが…やはり壊しておいた方が良さそうですね」
 体温を感じさせない美貌に冷笑を湛えたまま、ルシスは自身の手に魔力を収束させ…ソウェルが聞いた事の無い言語を言い放った。
 複雑な模様が浮かび上がったかと思うと、辺りが一瞬雷光のように光り、硝子が砕けたような、どこか甲高い硬質の音が響いた。
 透明な光がはらはらと地に落ちていく。しかし地に触れる直前に大気に溶ける。
 ソウェルは自分の眼前で起こった出来事が一瞬理解できなかった。
「……え、…な、なにが……」
 確かにルシスを貫いたはずの刃はもはや無くなっていた。柄の部分を除いては。
 視覚を通して、認めたくない現実が脳に焼き付けられる。
 そう、彼女の大切な魔具『雪華』は今この時をもって破壊されたのだ――――。
 信じられない、とソウェルの瞳が大きく見開かれる。
「そう、貴女も…ね」
 甘さすら香らせるような声でルシスは告げる。
 次いで傷もお構いなしに大剣をソウェル目掛けてふりかざす。
「しまっ…!!」
 予想外の出来事に、思わず警戒を解いてしまった事でソウェルに致命的な隙が生じた。
 この距離では避ける事も叶わない。ソウェルは己の甘さと絶望にきつく双眸を閉ざした。
 一瞬、何かが光った気がした。
 ここまでか…っ!
 長年連れ添った相棒も壊され、命まで絶たれる羽目になろうとは。
 こんな事なら意地でも良い男とっ捕まえて、海辺でデートとかカフェでお茶とか、劇場に行っとけば良かった…………って、あれ?
 いつまでたっても襲ってくるであろう衝撃が来ない事に気付き、ソウェルは恐る恐る目を開ける。
 ルシスが彼女目掛けて振り下ろそうとしていた大剣は、跳躍した位では手の届かない程後方へ落ちていた。
「大丈夫ですか、ソウェル」
 後ろからする聞き覚えのある声にソウェルは内心ほっとした。
 なるほど、コイツがルシスの武器を弾き飛ばしてくれたって訳か。ったくもータイミングが良いのか悪いのか。
「ハイハイ、生きてますとも」
 言いながらソウェルは後ろへ跳躍しルシスから離れた。そして予備の剣を抜き身構える。
 フォレストの隣には紫銀の髪の姫もいる。
「では、姫。そろそろ…」
 姫はフォレストの言葉に頷き、それまで唱え続けていた魔法の最後の詠唱を完了させた。
 ルシスを中心に淡く輝く魔法陣が浮かびあがる。
「! これは…」
 続きの言葉を発する間もなく、一瞬にしてルシスはその場から消えた。
「強制転移魔方陣、か」
 ソウェルが剣をしまいながら言った。
「もっとも行き先はランダムなので何処に落ちるか解りませんけどね」
 そういうとフォレストは印の様なものを中に描き、魔法の詠唱を始める。
「……悪意ある者を退けよ…至高神エルディアとフォレスト・ムーンバルトの名に於いて」
 そうして島全体が薄い膜のような物で包まれた。
「退魔の結界を張っておきました。これで暫くはもつでしょう。…では我々も戻るとしましょうか」
「そう、だな…」
 ソウェルは刀身の無い自分の剣に視線を落としながら呟いた。

「……」
 姫は困っていた。
 空イルカの島から戻ってきて、自分とフォレストとソウェルの三人はフォレストの部屋に居て。
 フォレストとソウェルは部屋に入ったきり、険しい表情のまま口を開かない。
 く、空気が痛いぞ…。 
 かといって自分が何か言うのも憚られ…姫は重苦しい空気の中にいるのだった。
「…困りましたね」
「ああ」
 フォレストが重い口を開くと、ソウェルが気だるそうに返事をした。
「空イルカの方は何とかなるとして、問題は…」
「破壊された剣だな…はぁ〜……」
 ソウェルはがっくりと項垂れた。ソファに沈む体が余計に沈んで行きそうだ。
 この世の終わりだと言わんばかりに落ち込むソウェルを見て姫は思わず口にした。
「また新しく作ってもらえば良いではないか。アレイラルにでも」
 その一言に二人の空気がますます重苦しくなる。
「お姫さんが知らないのも無理ないけど…あいつは……あいつは…」
 ソウェルはこれから起こる出来事を予感してか顔面蒼白である。
「…怒ると物凄く怖いんだ!! ルシス・ドーヴァも厄介だが切れたあいつはもっとおっかない」
「なら別の者に作ってもらえばよかろう?」
 何をそんなに悩む必要があるというのか。
「そう簡単に言ってくれるな。不本意ながらあいつが鍛えた魔具以上にこの手に馴染む物はない。あいつは世界最高の魔具師だよ、皮肉にも」
「ひとつひとつの魔具に愛着をもってますからねぇ。そんな大切に鍛え上げた魔具を壊されたと知れば、良くて半殺し程度でしょうかね〜」
「聞かなくても解ってるからもうそれ以上言うな、フォレスト」
 そうしてソウェルは魂が抜け落ちそうな、盛大なため息を深くつくと、腹を括ったのか勢い良く立ち上がる。
「いつまでも悩んでいても仕方ない。仕事にも差し支えるから行くことにするよ。世話になった。美味かったよ、紅茶」
 じゃあな、と言い残しソウェルはフォレストの部屋を後にした。
「ついて行かなくて良いのか?」
 姫の問いにフォレストは、微笑する。
「彼女は一流の魔狩人です。それにこれは彼女自身の問題であり、私達が少しでも手を貸せば余計にアレイラルの機嫌を損ねるでしょうね。姫も星読を手に入れるのにかなり苦労しましたしね?」
「そうか、そうだな…」
「それに私達は私達ですることがあります」
 フォレストはソファの背もたれに体重を預け、足を組みかえる。
「というと?」
「私があの島に張った結界はその場しのぎに過ぎません。ルシス・ドーヴァならその内破ってしまうでしょう。ですから専門の方に、より強固な結界を張ってもらわなくては」
「なるほど。それで、誰に会いに行くのだ?」
「それは…」
 何故かシリアスな表情になるフォレスト。
「ん?」 
「…姫が私にたくさんちゅーしてくれないと言えません。ええ、言えませんとも」
「…は?」
「どさくさに紛れてお忘れかもしれませんが、今日は二人っきりで甘い時間を過ごすはずだったんです…っ!!」
 それどころか邪魔は入るし、超危険人物ですし!
 後始末までしに行かなくてはならなくなったではないですかっ。
「う…」
 フォレストに気圧され思わず呻き声をあげる姫。
 何だかこのままここに居たらやばい気がする。こういう時は速やかに立ち去るに限るな、うん。
「で、では私はそろそろ自室に戻るぞ…」
 姫は踵を返し扉へ向い歩みを進める。
 次いで扉の取っ手に手をかけ、開けようとしたその時。
「うわっ!」
 背後からフォレストに抱き締められていた。
 ななな、いつの間に!? ちっとも気配を感じなかったぞ。
「フォレスト、そ、そんな風にされたら動けないだろう?」
 姫は動揺を隠せず視線が宙をさまよう。
「動けなくしてますから」
 拗ねたような声が耳元で聞こえた。
「そなたは卑怯だ。いつも背後から抱きついて」
 言いながら姫の頬はみるみるうちに赤く染まっていく。
「少しくらい甘えてもいいじゃないですか。今日はほとんどいちゃつけなかったですし。せっかく仕事抜きで二人きりになれたのに、フォレストさん悲しい。しくしく」
 姫にはそんなフォレストが何だか少し可愛いと思えてしまった。
「あーその、ええと…よしよし?」
 勝手が良く解らんがとりあえず、頭を撫でておこう。
「……姫…」
 あ、落ち着いてきたか? 良かった良かった。
 と、姫が安堵の笑みを漏らした時。
「こんな生温いもので満足できませんね…この豊満な胸に抱き締めてもらわなくては!!」
 フォレストはこともあろうか姫の胸を両手で揉みながら力説した。
 そんなフォレストの予想外の行動に、姫は耳をつんざくような悲鳴を上げる。
「フォレストのばかあああああああぁっ!!」
 めいっぱい叫ぶとフォレストに一発お見舞いして、その場から胸を押さえて脱兎の如く逃げて行った。
 室内には、幸せそうな表情で仰向けに倒れているフォレストが残されていた。
「…あの感触を拝めるならその度に殴られてもいいかも……」
 己の手に未だ残る温もりと柔らかな感触に、鼻血を垂れながらフォレストは呟いた。
「さて、いつまで理性が野性を抑え込めるかな」
 苦笑交じりの声だった。

 姫は息が切れるのも構わず一心不乱に廊下を走り、勢い良く自室の扉を開け中へ飛び込んだ。
 あまりにも気が動転して、少しでも早くフォレストの傍から離れたかった。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
 一気に走った為、すぐには呼吸が収まらず肩を激しく上下させる。
 まさかフォレストがあんなことするなんて!
 そ、そりゃ、いつかはそういう関係になるかもしれないけれど。
 私は想いが通じ合っただけで十分嬉しくて満たされていたのに。
 でも、フォレストは…もっと深い関係になる事を望んでいる。そんなのいちいち聞かなくても解る。体だけが目的ではないことも。
 姫は吸い込まれるようにベッドへうつ伏せに倒れこんだ。
「熱かった…」
 フォレストの手。
 口調は冗談めかしていたけれど、フォレストの手から、体から伝わってくる熱が熱かった。
 けれどやっぱり慣れていない事をされると混乱してしまう。
 どうしたらいいのか解らない。

 翌日。
 色々と葛藤しながら眠りに落ちた姫の部屋はカーテンが開いたままになっており、陽光が直接彼女の肌を輝かせていた。
「おやおや、熟睡しちゃってますね〜」
 何度扉を叩いても反応が無い為、勝手に姫の寝室に入ってきたフォレストだった。
「申し訳ありませんが起きて頂かないと、ね。姫、起きてくださーい」
 姫の肩を左右に強すぎない力で揺する。
 繊細な睫毛が僅かに震え鮮やかな菫色があらわになる。
 その瞳は自分の傍に控える存在を認識すると大きく見開かれた。「ひっ!」と短い悲鳴を上げると自らの体を布団で庇うように引き寄せる。
「あ、ひっどーい。そんな化け物でも見たような反応。折角起こしに来たのに」
「う…あ…」
 気が動転して言葉にならない姫。一気に頬が上気する。
「昨日、結界を張ってもらう方に会いに行くと言いましたよね? 早い方が良いと思いまして、こうして姫を起こしに来た訳です」
「……」
 そ、そういえばそんな事を言ってたな。
「わ、解った。着替えるから外で待っていてくれ」
「なんなら手伝ってあげましょうか?」
「いらぬ!」
「ざ〜んねん」
 くすくすと笑いながらフォレストは部屋を出て行った。
 フォレストの姿が見えなくなると姫は軽くひと息つき着替え始めた。
「…びっくりした」
 心臓が凄く早鐘を打っている。それよりも。
 フォレストはいつもと変わらなかった。私はこんなにドキドキしているのに。
 いつもそうだ。私だけが必要以上に意識して平静を保てない。
 どうしてフォレストは平気なんだ? あれくらい何とも無いのだろうか。
 寝起きに居たのも驚いたけれどフォレストの顔を見ただけで恥かしくなる。
 着替え終わると姫は部屋の外へ向かった。
「まだ、熱い…」
 姫は頬を両手で扇ぎ少しでも顔の熱を取ろうとする。扉の前で暫し扇ぎ続けていると、ふいに扉が開く。
「着替えはお済みのようですね。では行きましょうか」
「…っ」
 フォレストの顔を見るなり再び姫の顔が真っ赤に染まる。
 う、や…やっぱりまともに顔を見られない…っ。
 姫はぷいとそっぽを向いてしまった。
 フォレストも壁に手をついて…小刻みに肩を震わせはじめた。それだけでは飽き足らず腰を深く落とし、しゃがみこんでしまった。
 流石に姫もそれに気付いた。要するに声を殺して笑っているのだ。
「何が可笑しいっ!?」
「失礼、姫の反応があまりにも可愛くてつい」
「なっ!」
「そんなに意識して、警戒なさらなくても今日はあんな事しませんよ。なんならエルディア神に誓いを立てましょうか?」
 意地悪く笑ってみせるフォレストに姫は首を横に振る。
「もういい。あの事は忘れる事にする」
 …多分無理だろうが。そういう事にしておくのだ。
 そうして二人はマイティール城を後にした。



TO BE CONTINUED...
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*ムードを壊されてもいい人のみ反転で↓
*
フォレストさんが只のエロオヤジに…orz upするか迷ったんですがやっちゃいました。
きっと久しぶりだったから色々はっちゃけたんだと思うのです。引いた方が居たら申し訳ない。
*



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