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「茨の刻印」・27




 姫はフォレストの使い魔の羽猫、シロとクロがとても気に入ってしまった。あの美しい毛並みと、お腹のあたりのもふもふ感がとても癒されるのだ。
「フォレスト、一晩シロちゃんとクロちゃんを貸してくれないか? 一緒に寝たいんだ」
 姫は期待に満ちた瞳でフォレストを見つめて言った。
「私とも一緒に寝てくださるのでしたら喜んでお貸ししますよ」
 何気に自分をアピールしながらフォレストは微笑んだ。
「…すまぬ。聞いた私が愚かだったようだ…」
 姫はばつが悪そうに口元に手をあてフォレストから視線を逸らし俯く。
「冗談ですよ、どうぞ」
 言いながらフォレストは姫に羽猫二匹を手渡す。
 冗談と言いつつも実は七割ほど本気で発言しているのだという事は、無論本人だけの秘密である。
 柔らかな毛の感触が服の上からも伝わってくるのを感じて、姫は顔を綻ばせた。
「ありがとう」
 姫は宝物を手に入れたように大切に羽猫達をそっと抱きしめる。
「おやすみ、フォレスト」
 姫は口に出してからはたと気付く。自分はアレイラルにあてがわれたこの部屋で寝るが、フォレストは何処で寝るのだろう?
 そう思いながらフォレストを見上げると、いつものように微笑んでいる。
「フォレストは、何処で寝るんだ…?」
「勿論、姫と一緒に。と言いたいところですがアレイラルが自室を使わせてくれるみたいなので、残念ながら別の部屋です」
「残念だとか言うものではないっ。私はもう寝るんだからさっさと出て行ってくれ」
 照れ隠しの所為か、自分でも意外なほど荒々しい言い方をしてしまった。
 しかしフォレストは大して気分を害した様子もなく。
「おやすみなさい」
 そう言って姫の頬に軽く触れるようなキスを残して部屋を去っていった。
「なっ、ま、また勝手に…」
 キスして…。
 フォレストは王家の誓約を知っているのに何故平気でこんな事をしてくるんだろう。
 姫は仄かに頬を染めながら、羽猫二匹と眠るためにベッドへ潜り込む。
 自分の右側にシロちゃん、左側にクロちゃんを抱きこむようにする。
「おやすみ、シロちゃん。クロちゃん」
 それに答えるようにシロちゃんがにゃあと小さく鳴いた。クロちゃんは静かに瞳を閉じた。
 そして姫はとっても幸せな気分で眠りについたのだった。
 
「あ…れ?」
 姫が目覚めると一緒に眠ったはずの羽猫達の姿は何処にもなく。
 …代わりに見知らぬ少女が自分を挟んで川の字になっていたのだった。
 確かに昨日シロちゃんとクロちゃんと一緒に眠ったはず…だ。
 姫は頭だけ動かして、自分の両側に寝そべる少女を見比べる。
 右側の少女は、髪も服も真っ白だ。肌も雪のように白い。大して左側の少女は、髪も服も真っ黒で、肌も褐色である。二人とも年は自分と同じくらいだろうか。
「えーと、どうしたらいいんだろう…」
 とりあえずフォレストに聞いてみよう。
 使い魔だといっていたし、もしかしたら…。
 姫は少女達が目を覚まさないようにそっとベッドから起き上がり、フォレストの寝ている部屋へ向かう。
 軽く扉を叩き声をかけてみる。
「フォレスト、起きているか?」
 ほどなく扉が開く音がしてフォレストが目の前に現れる。
「おはようございます、姫。どうかしましたか?」
 いつもと様子の違う姫を見てフォレストが尋ねる。
「シロちゃんとクロちゃんが…」
 言いながら姫はフォレストの手を引っ張りベッドの側に連れて行く。
 そこには二人の少女が安らかな寝息を立てていて。
「おやおや、いつの間に。珍しいですねぇ、初対面の人間の前で人型になるなんて」
 フォレストはさして驚いた様子もなくそう言った。
「この子達は普段は羽猫の姿をしていますが、光と闇の属性を持つ精霊なんです」
「なるほど…。起きたら見知らぬ者が居てびっくりしたぞ。そういう事は先に教えてくれ」
「申し訳ございません。初対面の人間にこんなに無防備になるとは思いませんでしたので。…おそらく姫の魔力に酔ったんでしょうね」
「え?」
 姫は少女達から目を離しフォレストを見上げる。
「精霊ですから私達人間よりも敏感に魔力に反応するんでしょう。いわば、姫は歩く魔力の塊ですから」
「そうなんですよぉ〜マスター。この人の魔力は半端ないですぅ〜」
 おっとりとした声が会話に加わる。姫は初めて聞く声の方に注目する。
 いつの間に起き上がったのか、少女達はベッドの上に正座していた。
「シロちゃん、それは良いですがよだれがついてますよ」
 フォレストが微笑んで言うと、シロちゃんと呼ばれた少女は慌てて服の袖口で口元を拭った。
 雪のような白い髪を高い位置で止め縦ロールにしている。その瞳は確かに昨日姫が見たそれと同じ琥珀色で、シロちゃんを思い出させる。
「…シロちゃん、はしたない」
 シロちゃんよりもう少し高い声でもう一人の少女が言った。声に抑揚はあまり感じられない。
 彼女はシロちゃんとは対照的に黒い髪を高い位置で止めているだけで縦ロールにはしていない。シロちゃんと比べるとキリッとした顔立ちをしている。
 とりあえず、この少女達が昨日の羽猫のシロちゃんとクロちゃんだという事ははっきりした。
「シロちゃんはアホの子ですからね〜」
 フォレストはくすくすと笑った。
「アホ…」
 クロちゃんも控えめだがきっぱりと言った。
「そんなことないですぅ! アホの子ほど可愛いっていうですー!」
 それは違うだろうと思ったが姫は敢えて何も言わなかった。
 むしろ、こんな平和な朝を迎えてて大丈夫なのかと自分の置かれている立場を反芻していた。
 ああ、もう。こんな生温い状況で謀反の疑いを晴らすことが出来るんだろうか…。
 そして…姫は力なく笑った。
 その後の朝食の時間も騒がしくてゆっくり味わう暇がないほどで。
「クロちゃん、それ食べないですか? だったらシロがいただきですぅ!」
 言い終わらない内にシロちゃんはクロの皿に残された小さめに千切られた、まだ香ばしさが残るパンをぺろりと食べてしまった。
「最後に食べようと、残してた…のに」
 言いながらクロちゃんの右手が魔力を帯びていく。
「覚悟…」
 そのまま漆黒の無数の刃がシロちゃんめがけて放たれる。
「わーん! クロちゃんこわぁ〜い!!」
「本当に貴方達ときたら…」
 フォレストがやれやれと結界を張ってクロちゃんの攻撃を防ぎ室内は事なきを得たのだが。
 一矢も報えなかったクロちゃんからは、シロちゃんへむけてどす黒いオーラが放たれていた。
「食事くらい普通に食べてください」
 じゃれあうペットを諌める様にフォレストは二人に告げた。
 ちょっとクロちゃんの事を不憫に思った姫は、自分のパンを千切って彼女にそっと渡す。
「あ…お姫様」
「私は小食なんだ。食べきれないから貰ってくれないか?」
 本当はまだ食べられたが、姫はクロちゃんを気遣ってそう言った。
「…ありがとう」
 何故かクロちゃんは頬を染めて姫から恥ずかしそうに瞳を逸らす。それは恋する乙女を連想させた。
 それに気付いたフォレストが一言。
「クロちゃん、姫に惚れてはいけませんよ。私の大切な人なんですから」
 ちゃっかり釘を刺す。
「…マスターばかり、ずるい…」
 不満そうにクロちゃんがフォレストを睨むと。
「私は良いんです」
 と、フォレストはにっこりと微笑みを浮かべた。しかしその瞳は真剣そのものであった。
 そしてクロちゃんは知っていた。こういう時の主に逆らうととんでもない目に遭う事を。
 町のゴロツキが絡んできたりした時に、主が一応忠告しているのに愚かな彼らは主にたてついて地面とお友達になっていた。 
「むぅ…」
 思わずクロちゃんは唸る。しかしそれを遮るように明るい声が響く。
「はーい! シロもお姫様すきです〜!」
 シロちゃんは満面の笑みを浮かべている。
「貴方は姫が食べ物をくれたから好きなんでしょう」
 フォレストは楽しそうに笑いを漏らす。
「そうでーっす!」
 元気良く答えるシロちゃんを見て思わず姫はくすくすと笑う。
「さて。二人とも十分食欲は満たされましたね。それでは早速お仕事してきてもらいましょうか」
 シロちゃんは元気に返事をし、クロちゃんはコクリと頷く。
「二人とも良い子ですね。では城内の偵察をお願いします」
 シロちゃんとクロちゃんは一瞬にして羽猫の姿に戻った。
「「では、行って参ります、マスター」」
 二人の声が重なる。仕事の時は至って真面目なシロちゃんとクロちゃんである。
 そのまま空気に透けるように姿を消した。
「二人だけで行かせて大丈夫なのか?」
 きっと城内は兵士で溢れ返っているだろう。もし二人に何かあったら…。
「平気ですよ。彼女達は結構強いですから。最悪の場合私が呼び戻せば済むことです」
 フォレストは相変わらずの笑顔でそう言った。
「あ、そうか。使い魔だから呼べば現れるんだな」
 姫の言葉に賢者は頷く。
 そこで姫は、ふと気付く。
「アレイラル殿は?」
「あの人は人間に囲まれてるより武器に囲まれてる方が落ち着くみたいで。奥の作業場に入り浸ってますよ」
 やれやれとフォレストは肩を竦める。
 そして、ほとんど空になった朝食の後片付けを始める。
「私も手伝う」
 言いながら姫もフォレストと共に皿を集める。そして台所へ持っていく。
 その様子をフォレストはとても優しい眼差しで見つめていた。
「では、一緒に皿を洗いましょうか」
「うむ。一度もした事がないから下手だけど笑ったりするなよ…」
 姫は袖を水で濡れないように捲り上げる。フォレストを真似ながら生まれて始めての皿洗いを始める。
「…油汚れって落ちにくいんだな」
 全て皿を洗い終わるとフォレストが優しく頭を撫でてきた。
「なんだ?」
 姫は何故頭をなでられるのか解らなくて尋ねる。
「姫が庶民的な事を言うのが何だか微笑ましくて…」
 フォレストは楽しそうにくすりと笑った。
「洗い物も済んだことですし、買い物にでもいきましょうか」
「なっ、買い物だなんてそんな悠長な事を言っている場合では…」
 フォレストの暢気な言葉に流石に姫は狼狽る。
「でも、ほら。着替えがないと困りますし、ね?」
「あ…」
 言われてみればそうだ。着の身着のままで城を出てきたからこれ以外に着る物がない。昨夜は疲れてそのまま寝てしまったから…。
「お金なら銀行に幾らかありますからご心配なく。もしもの時はアレイラルに借りましょう」
 というわけで、姫はフォレストと一緒にイトスの町へ買い出しに行くことになった。

*          *          *


 姫は以前、フォレストとシャルキーヤの街中を二人で歩いた事を思い出した。
 この町、イトスは王都からそこそこ離れているのでさほど大きくは無いが、それなりに賑わっている。鍛冶師が多い以外は普通の町とさして変わらない。
 町の人達は朗らかで、雰囲気も明るい。特に貧相な形をしている者も見受けられない。
 父様はこの国の王としての役目をきっちりこなしているみたいだな。
 姫は少し嬉しくなった。
 その反面少し悲しくなる。聡明な父が自分を謀反人として城内の警備を固めている。それは姫を落胆させるのに十分に値するものだった。
 必要以上に落ち込まないのは、きっと……。
 姫は自分の手を引き歩く賢者を見上げた。
 こんな立場に追い込まれても、いつもと変わらず接してくれる彼のお陰なのだろう。
 すぐにちゅーとか言ってきたり、拗ねてみたり、およそ賢者らしくない所が多々あるが、今はそんな彼の背中がとても大きく頼りがいのあるものに感じられる。
 フォレストが居なければ、逃げおおせても路頭に迷っていただろう。
 …いつも助けられてばかりだな…。
「ありがとう…」
 自然に口をついて出た言葉。
 フォレストは一瞬少しだけ驚いたような表情をしたが、すぐにそれは微笑みへ変わる。
「どういたしまして」
 思わず姫を抱きしめたい衝動にかられたが、人目があるので一歩踏みとどまるフォレストであった。
 自分は全然構わないが、このお姫様は随分とそういう事を気にするらしいから。
 そこかしこから鉄を鍛える鎚を打ちつける音が響いてくる。
 暫く歩くと、商店街らしきところに出る。道沿いにパン屋、花屋、肉屋、魚屋、靴屋など様々な店が立ち並んでいる。
「服屋さんは…と。ありました、あのラベンダー色の看板のところですね〜」
 フォレストの言うとおり数メートル先に可愛らしいラベンダー色の看板がちょこんとかかっている。
 店頭には子供用の可愛らしい服が並べられている。大人から子供まで全ての服が揃っているようだ。
「姫がお気に召した服を適当に見繕ってきてください。私も適当に選んできますので」
「わかった」
 そう言うと姫は服を見たくてしょうが無かったのか、店の奥のほうへ小走りする。
 城の中の自分の部屋のクローゼットには、この店と比較にならないほど上質のドレスなどが沢山入っているが、姫にはドレスなどよりもこういう所で直に服を見て選ぶことの方が遥かに楽しいと感じられた。
 服が豪華だとか素朴とかそういう事はたいして気にならないのである。
 姫は服と下着を数着選び終えるとフォレストの方へ向かう。
 しかしフォレストは服に手をかけ、前方を見据えたまま動かない。視点もぼうっとしているようで何処を見ているのかさえ解らない。
 仕方が無いので、フォレストが元に戻るまで横で見守ることにした。
 暫くするとフォレストの口から短いため息が漏らされた。
「うわ、びっくりした。姫いつのまに…」
「フォレストがぼーっとしてたから、見てた…」
「ああ、これは失礼を。声をかけて下されば良かったのに。実は今、使い魔とつながってるんです」
「つながってる?」
「偵察ですからね。今私とシロとクロは精神的に繋がっているというか。彼女達の見聞きする物が私にも解るという事です」
 フォレストは微笑する。
「なるほど。使い魔って便利なんだな。でも、頭の中がこんがらがったりしないのか?」
「まあ、慣れですから」
 そう言ってフォレストは姫の抱えている服に気付く。
「もう、何を買うか決まったようですね。では、支払いを済ませてきましょう」
 勘定をしにいくフォレストを見て姫が言った。
「フォレストはもう買ったのか?」
「ええ。この店は思いのほか品揃えが良かったみたいです」
 そういうフォレストは気のせいか異様に嬉しそうに見えた。 
 支払いを済ませて店を出る。外は爽やかな風が吹いていて、日差しもさほど強くなく気持ちが良い。
「このまま帰るのもなんですし、ちょっと散歩でもしましょうか?」
「いいのか? こんな堂々と町の中を歩き回って追っ手がこないだろうか?」
 フォレストは瞳を細めて言葉を紡ぐ。口元に浮かぶのは不適な笑みだ。
「いいんじゃないですか? 何故かは解りませんが陛下は事を内密に運ぼうとしてるみたいですし。積極的に捕らえようとするなら、国中に姫のことを手配済みのはずですからね」 
 そして彼は自分の使い魔達に新たな命令を下した。
 シロちゃんにクロちゃん。今度は姫の姿になって城内を歩き回ってみてください。
(わかりました〜)
(了解です)
 すぐに返事が戻ってくる。
 まあ、散々追い回されるでしょうけど頑張ってくださいv
 何おもしろがってるんですかー!という声が聞こえたが、フォレストはそれをあっさり無視した。
「姫はどこか見てみたい場所はありますか?」
「あのな、一度カフェという所へ行ってみたいのだが…」
「良いですね。姫の好きなガトーショコラの美味しい店があるんですよ」
「本当かっ! 楽しみだな…」
 何を隠そう姫は無類のチョコ好きなのである。チョコを使った食べ物なら何でも食べられる程にチョコが好きなのである。
 自然と顔が笑顔になる。こういう時の姫は年相応で本当に可愛らしいとフォレストは思う。
 
 そして、二人が楽しいひと時を過ごしている頃。
 シロちゃんとクロちゃんは城内の警備兵達に追いかけ回されていた。
「マスターのばかあぁぁぁぁ!」
 シロちゃんは、いや、姫の姿に変化したシロちゃんは全力疾走していた。
「帰ったら…スリスリさせてあげない…」
 姫の姿になったクロちゃんも、無表情のまま回廊をひたすら走り続ける。
 姫の姿をしたシロちゃんとクロちゃんが現れたことで城内は更に物々しい警備が施された。



TO BE CONTINUED...
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*何気に姫とフォレストさんデート!?


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