「茨の刻印」・26




 辿り着いたそこには、相変わらず以前の痕跡が残ったままであった。
 『星読』で試し切りをした時に出来た大地の傷跡である。
 フォレストは姫より先に騎獣から降り、姫を降ろし終えると扉の前に立つ。
 扉を叩こうとした途端、返事が返ってくる。
「俺は今忙しい」
 その声は相変わらず愛想というものが微塵も感じられない。
「相変わらずつれないですね〜。ですがこちらにも複雑な事情がありまして。というわけで失礼しますね」
 と、フォレストは強引にこじつけて扉を開けた。
 眼前には椅子に腰掛け酒と干し肉を食べている、左右の瞳の色が異なる男が居た。
「とてもお忙しいようには見えませんが?」
 フォレストはにっこりと微笑んで見せた。それでなくとも人嫌いの彼の事だ。客人らしき者も滅多にここへは訪れないであろう。
 フォレストの言葉にエルフの鍛冶師は更に不機嫌になり、眉間の皺が深くなる。
「…で?」
 何の用で来たんだよ、とアレイラルはフォレストに目を向ける。
 既に来てしまった者を追い返すのも今は面倒くさいと思ったのか、アレイラルは客人の話を聞くことにしたようだ。
「実は私達お尋ね者になっちゃいました。だから匿って欲しいんです。幸いというか城内にしか追手は手配されてなかったのですが」
 フォレストは大して深刻そうでも無くあっさりとそう言った。
「違う。フォレストは謀反人の容疑をかけられた私について来てくれたんだ。こんな事頼めた義理ではないがここに置いて欲しい…」
 アレイラルは姫を一瞥し、酒を喉に流し込んだ。
「ほう? お姫さんが謀反人か。きな臭えなぁ」
「まあ、何処の国にもそういう輩は居るって事です。濡れ衣着せられたこっちはたまりません」
 フォレストはやれやれと肩を竦めた。
「てか、城の奴ら皆フシアナだろ? お姫さんは只一人の王位継承者なのに、何好き好んでわざわざ謀反なんてする必要があるのか、ちょっと考えりゃ解ることだ」
「あはは。まあ兵士達も上官の命令にはそう簡単に背けないですから」
 フォレストは苦笑する。ことに礼節を重んじる騎士などはその傾向が強い。その目的は、主君に対する固い忠誠心、武勲など様々ではあるが。
「あの…私達はここに置いてもらえるのか?」
 姫は不安と期待が混じりあった複雑な気持ちでアレイラルに尋ねた。
「俺は曲がった事が嫌いなんでな。ほとぼりが冷めるまで居たらいい。ただし俺の邪魔をするんじゃねぇぞ」
 それにアレイラルは確信していた。自分の人を見る目は確かで今まで一度として道を踏み外した者に魔具を与えた事がない。魔具は優れた武器であり持ち主に大きな力を与える。そんな魔具を信用に値しない者に与える事がどれほど危険なのかは、アレイラル自身が一番良く解っているのである。 
 それでなくとも、人より長い時を生きる彼にとって相手の本性を見抜く事は少なくとも人よりは遥かに上回っていた。
 もし当てが外れたとしても、彼自身が捻じ伏せれば済むことだ。
「ありがとう。恩に着る」
 姫は安堵の笑みを浮かべる。次いで、帰れと追い返されなくて良かったと心の中で呟いた。
「俺の寝室の向かいの部屋が空いてるから好きに使いな」
「いつもすみませんね。お詫びにコレ持って来ました」
 言いながらフォレストは城の倉庫でくすねた酒瓶を二本、机の上に置いた。
 それはいわば銘酒に位置付けられる物であった。
 そんな無断で持ち出した酒を他人にあげてもいいのか? と姫はツッコミを入れようと思ったが、なんとなく言い出せなかった。
「ほう、良いモン持ってきたな」
 いつもの無愛想な表情だったが、瞳が輝いているのをフォレストは見逃さなかった。
「素直にアレイラル嬉しいっvて言えばいいのに」
 フォレストがにっこり微笑むと、額にずべし!とアレイラルの容赦ないチョップが飛んで来た。
「寄るな変態」
 冷ややかに言い放ちアレイラルは奥の作業場に向かった。
「んもう、変態だなんて酷いですよねぇ」
 フォレストが額を摩りながら同意を求めてきたが姫は曖昧な返事をしただけだった。その顔に浮かぶのは苦笑い。
「まあ、とにかく置いてもらえるみたいで安心した。…城へはいつ戻れるのか見当もつかないが」
 複雑な表情の姫を見てフォレストが一言。
「ということは、今度こそホームシックになって寂しくなった姫が私に抱きついてくるんですね〜」
 胸の前で両手を組んで恍惚としているフォレストははっきり言って、正視に堪えなかったが姫は否定することにした。
「間違ってもそんなことは無いから諦めよ」
 びしっと言ってやる。でないと付け上がるからな。
 するとフォレストの表情が一瞬にして雲って行き。
「私の事がお嫌いですか? ホントは私の事が嫌いなんですね!? そんな事言うなんて…もう姫の事なんか知りません。フンだ」
 フォレストは大人気なくいじけて床にしゃがみこむ。両足を腕で抱え込み膝の上に頭をくっつけて丸くなる。まさに子供がダダをこねていじけた様な状態だ。
「……」
 子供同然にすねる賢者を目の当たりにして姫は絶句した。
 全く。良い年した大人が何をしているんだか。これでは子供と同じではないか。しかも『蒼の賢者』とまで呼ばれているというのに。
 そして半時ほど二人の間を沈黙が流れていった。
 流石に少々気まずくなったのか、姫はフォレストにとりあえず謝ることにした。
「あの…フォレスト。そろそろ機嫌を直してくれないか? 私がフォレストを嫌いなわけないだろう」
 床にうずくまる様にしているフォレストに近づき、姫は自分も低い位置までしゃがみこむ。
 フォレストの肩に手を置くと、彼は顔を姫から逸らすように反対側へずらした。
「フォレスト……」
 困ったな。姫は思わず呟いた。どうしてこんな事ですねるのか姫にはさっぱり解らない。
「         」
 フォレストが何か小声で言ったらしいが姫には聞き取れなかった。なので、もう少し彼の方へ近づいて問いかけることにした。
「え? 何て言ったんだ? 声が小さくて上手く聞き取れなかったぞ」
 もう一度フォレストが同じ事を言うが、さっぱり聞き取れない。姫はフォレストの顔を覗き込むようにして聞き耳を立てようとした。
 その時。
 いきなりフォレストがこちらに顔を向けた。咄嗟の事に姫の対応は遅れて隙を付かれた。
 頬…と言っても限りなく唇に近い位置にフォレストのそれが優しく触れる。
 突然の事にびっくりした姫は目を見開いたまま数秒の間固まった。
 徐々に意識が鮮明になってくると、自分の首の後ろにフォレストの手が回されていることに気付く。触れただけの唇は、今では不快ではない程度に押し当てられていた。
「…っ」
 そこまで理解すると姫はフォレストから離れようと、体を後ろへ引くが後頭部をしっかりと固定されていてどうにもならない。
 どうしようもなくて困った瞳を目の前の賢者に向けると、青い双眸が優しく見つめ返してくる。
 今更ながら、恥ずかしさが急激に増して来て一気に鼓動が高鳴り、顔が熱を帯びていく。
 ものすごく、恥ずかしい…っ。こんな事するなんて卑怯だ。
 思わず姫は瞳を強く閉じた。ずっとあの目に見つめられるよりは恥ずかしさの度合いが幾分かは軽減されると思ったからだ。
 そうして、刹那とも永遠とも思える時間は過ぎ去った。
 はっとして恐る恐る瞳を開けると、意地悪く笑う賢者の顔があった。
「ま、物足りないですけど今のところはコレで我慢しときましょう?」
「ま、まさか…」
 ふと姫の脳裏に嫌な考えがよぎる。そして、その考えを恐る恐る口にする。
「こうする為だけにいじけてる振りをしていたのか!?」
「おや、バレましたか。大丈夫です、何も問題はありません」
 そう言って満面の笑みを浮かべた賢者の顔が姫には一瞬悪魔のように感じられた。
「ぶ、無礼者…っ」
 恥ずかしさと例えようのない悔しさから、姫はフォレストを睨みつける。
「嬉しいくせに」
 姫の顎に手を当て、上向かせてフォレストは艶やかな声でそう言った。
「だっ、誰が嬉しいものかっ!」
 叫ぶように姫は声を張り上げる。その瞳は僅かに潤んで、柔らかな頬は薔薇色に染まっており何とも艶かしい。ことフォレストにとっては。
「そんな可愛い顔で言われても、ちっとも嫌がっているようには見えませんね。本気を出せば私の手を振りほどけたはずですよ」
 その一言に更にドクンと鼓動が跳ね上がる思いがした。気がつけば物凄い勢いでフォレストを突き放し、立ち上がっている自分が居た。
 はあはあと肩を上下に揺らして、荒い息を吐きながら姫はその場を立ち去った。
 程なく扉の閉まる音がした。
「…あんまり可愛いからつい苛めたくなる」
 部屋に一人残されたフォレストは瞳を閉じて静かに笑みを浮かべた。
 しかし、外へ出たのはまずいか。と思いフォレストは呪文を唱えた。
 何処からともなく羽の生えた猫が二匹宙に現れる。
 一匹は、真っ白な羽に同じ色の体毛をした猫。そしてもう一匹は、白い羽猫と全くの対をなす漆黒をその身に宿している。瞳だけは双方同じ琥珀色である。
「「お呼びですか、マスター」」
 二匹の声が重なる。どうやらこの羽の生えた猫達は人語を解するらしい。
「姫に付いてて貰えませんか。今出て行ったばかりなのでそう遠くへは行ってないでしょう」
「「承知しました」」
 またしても二匹の声が重なり、そのまま姿を消した。
「さてと」
 フォレストは服に付いた埃を払い、すっと立ち上がった。
「私は献立でも考えますかね〜」

*          *          *


「ばか…」
 姫は丘の上の方に来ていた。丘一体は青々とした背丈の短い草に覆われている。ここからは鍛冶師の町であるイトスの風景がとても良く見渡せる。
 半数は普通の鍛冶師なので、煙突から煙が立ち昇っている数はそれなりに多い。
 魔具を作る鍛冶師は彼らと違い、魔晶石と特殊な鎚と魔力により武器を鍛え上げるので通常の鍛冶師のような大掛かりな設備を必要としないのである。
 火照った頬を冷やすように姫は大気の中に顔を晒す。頬を撫でる風がとても心地良いと感じた。
 いつも私をからかって、フォレストは意地悪だ。心臓がどきどきしすぎてショック死でもしたらどうしてくれる?
 それとさっきのキス…。危なかった。もう少しで不貞の烙印を押される羽目になるところだった。王家の誓約だからな…。儀式以外では伴侶となる者以外としてはいけない。
 今はフォレストの事を好きで居られるだけでも嬉しい…。想っているだけなら罪にならない…と思いたい…。身分というものは便利なようで不便だな。
 などと姫が黄昏ていると。何かが、すり…と足元に擦り寄ってきた。
 それは白い猫と黒い猫だった。普通の猫と違い背中に羽が生えてはいるが。
「にゃあ」
 少し低めの声で白い羽猫が鳴き、姫の足に何度も擦り寄る。黒い羽猫は少し距離を置いて姫を見守っているようだ。
 白い羽猫の頭を撫でてやると嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす。黒い羽猫も撫でてみると、あまり触られるのが好きではないらしく、後退られた。
 姫はゴメンと黒い羽猫に苦笑しながら謝り、白い羽猫を抱いてみることにした。白い方は人懐こいらしく抱き上げても大人しくしている。
「かわいい…」
 姫は蕩けそうな笑顔で(フォレストがこの場に居たなら勢い余って姫を抱きしめていたであろう)白い羽猫の毛並みに頬を寄せた。とても柔らかくて気持ちが良い。肌から直に伝わってくる温もりが姫の心を安心させる。
 暫く抱いていると白い羽猫が口を一杯に開けて欠伸をしたので、姫はその子を寝かせる為に立てていた両膝を伸ばして膝の上にそっとおいてやった。
 白い羽猫は満足そうに喉を鳴らしながら両目を閉じた。そしてそれを見ていた黒い羽猫もちゃっかり膝の上にやって来ていた。
 姫は本当に気持ち良さそうに眠っている対の羽猫達を見て、とても幸せな気分になりくすっと笑みを零す。
 今はちょうど昼下がり。羽猫達にとってとてもよいお昼寝の時間だったことは確かである。
 そうして、そのまま穏やかに数刻が過ぎて行き、辺りは黄昏色に変化していた。
「うぅ…足が…」
 いつぞやのフォレストの時と同様、姫はまたしても足を痺れさせる羽目に陥っていた。
 羽猫くらいなら軽いし大丈夫だろうと高をくくっていたのが災いし、結果として足の痺れを招いていたのだった。
 あまりにも幸せそうな寝息を立てて寝ている羽猫達を途中で起こすことは、とても姫に出来る事ではなかったのである。
 少し前に目を覚まし膝から草の上に降りた羽猫達が、大丈夫?といった風に少しだけ首を傾げてこちらを見つめている。
「平気だ…と思う」
 姫は羽猫達に苦笑しつつ、ゆっくりと足をならしながら立ち上がる。二、三歩足を踏み出すと何とか歩ける位には回復したので、姫は仮の住まいへ歩みを進めることにした。
 そして、そんな姫に付かず離れず羽猫達は羽をぱたぱたとはためかせながら付いてくる。
「え…と。お前達、飼い主の下に戻らなくて良いのか?」
 自分と同じ目線の高さを飛ぶ羽猫達に問いかけると、にゃあと返事が返ってくる。恐らく大丈夫だとでも言っているのだろうと姫は理解した。
 というわけで元来た道を戻り、暫くしてアレイラルの家に着く。
「ただいま」
 扉を開け中へ入ると、フォレストが机の上に料理を並べているところだった。
 出来たての料理が盛られた皿からは湯気が立ち昇り、かなり食欲をそそる美味しそうな香りが室内を満たしていた。
「美味しそうだな…」
 姫は一瞬料理に見とれてしまった。はっと我に返り羽猫達に目が行く。
「あの、フォレスト。外でこの子達を拾ってきてしまったのだが…」
「使い魔です」
 フォレストは即答した。
「使い魔? 誰の?」
「私の使い魔なんです。大丈夫だとは思ったんですが姫を一人でほっておくわけにはいきませんからね」
 姫に万が一のことがあれば陛下に示しがつかないし、何より姫を守りきれなかった自分に絶望する。
 白い羽猫が机の上に軽やかにジャンプし、数ある料理の中の一つ鶏の照り焼きを食べようとするそぶりを見せた。
「シロちゃん、勝手に人様の食事に手を出してはいけません」
 言いながらフォレストはシロちゃんと呼んだ白い羽猫の首根っこを親指と人差し指でつまみ持ち上げた。
「うにゃぁ…」
 とっても切なそうに白い羽猫は鳴いた。よほどお腹が空いているのだろうか。
「媚を売っても駄目です。シロちゃんは食意地がはってますからね」
「にゃぁ…」
 シロちゃんと呼ばれた羽猫は更にか細く鳴いた。
「フォレスト、少しくらいなら良いんじゃないか? 私の分からあげよう」
「姫がそう言うのなら。一切れだけ」
 フォレストは小皿に一切れ肉を入れてやった。シロちゃんはとても満足そうに喉を鳴らしながらあっと言う間に食べ終えた。
 姫はふと気付く。白い羽猫がシロちゃんなら黒い羽猫は…。
「クロちゃん?」
 行儀良く床に座っている黒い羽猫に呼びかけると、なあに?といった風にこちらに琥珀色の目を向ける。
「良くクロちゃんだと解りましたね」
「フォレストの名前の付け方は至極単純だからな」
「あははは。自分ではこの上なく良い感じだと思ってるんですけどね〜」
 フォレストはにっこりと微笑んだ。どうやら本気でそう思っているらしい。
「では、姫はアレイラルを呼んで来てもらえますか?」
 解ったと頷き姫は家の奥の彼の作業場へ向かう。扉の前まで来ると軽く二、三回叩く。
「アレイラル殿。夕食の準備が出来たらしい」
 数秒後、扉が開きアレイラルが部屋から出てきた。
「ありがてぇ。奴が居るとこういう時便利だよな」
 アレイラルの言葉に思わず姫は苦笑する。とにかくフォレストは何でもひょいひょいとこなしてしまうので、フォレストと居ることで不便な思いをしたことはほとんど無かった。
 もしもフォレストが女性だったらアレイラルと良い感じになったかもしれない、などとちょっと危ない妄想を思わずしてしまう姫であった。
「相変わらず大して旨くもない物作りやがって」
 と口では言いながら、アレイラルの皿が一番先に空になった。
「本当に可愛げがないですねぇ、貴方は。少しシロちゃんを見習ったらどうですか」
 大して気を悪くするでもなくフォレストは笑いながらそう言った。
 姫はそんな二人を見ているのが面白くもあり、そして羨ましくもあった。何だかんだと言いながら二人は仲が良いらしい。
 そうして賑やかな夕食の時が過ぎていったのだった。



TO BE CONTINUED...
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*謀反物なのに暗くなる気配が全く無いですが(苦笑)
そしてフォレストさんがどんどんカッコよくなくなっていくのは何故ですか(笑


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