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「茨の刻印」・24 |
「ったく…賢者ってのはホントいつの時代も小賢しいよな」
ぶつくさ言いながら鍛冶師は黄金色の鎚を手に取った。
それは淡い金色の光に包まれていて、文字とも模様とも取れるものが描かれている。
「あはは。そんな事おっしゃらずに、よろしくお願いします」
後方から賢者の声がした。
「うるせー…って何でお前がここにいんだよ。ここに来るのを許可した覚えはない」
室内には鍛冶に使われる様々な器具が置いてある。ここはアレイラルの家の一番奥、彼の仕事場なのだった。
「姫に追い出されてしまったので」
フォレストは機嫌が良いらしくにこにこと微笑んでいる。
「女なんぞに現をぬかしやがって。その緩みきった顔の筋肉を何とかしろ」
「うふふv」
「うげ、気色わりぃ!用がねーなら向う行ってろ。気が散る」
「あ、思い出しました。姫がお腹を空かせているので、台所を拝借しますね」
「…勝手にしろ」
「ありがとうございます」
そう言い残し賢者は足早に台所へと向かった。
そして、その場に残されたアレイラルは一言呟いた。
「…疲れる」
どいつもこいつも色ボケしやがって。俺に砂を吐かせる気か。
フォレストは鼻歌まじりに料理に使えそうな物を探し始める。
「……なんでこう、干し肉とか干し肉とか干し肉ばっかり」
…しか無いんでしょう。肉しか食べないから、アレイラルはあんな可愛くない性格になったに間違いありません。
などと強引に決めつけて短いため息を吐き、玄関へ向かう。
扉より少し離れた位置でフォレストの騎獣のグリフォンが人しく座っている。
フォレストはグリフォンの前に立ち、左腕を斜め上に掲げ、グリフォンの鼻先に近づける。
と、グリフォンは物欲しげな視線を向け、喉を鳴らした。
「グーちゃん、この肉、食べたいですか?」
満面の笑みで自分の騎獣に呼びかけると彼は甲高い声で肯定した。
「だったら、おつかい頼まれてくださいね」
否定は許さない、というような笑みで賢者は言った。
グーちゃん、と呼ばれたグリフォンはこくり、と頷く。グーちゃんに緊張の色が見て取れる。
何を隠そう、以前、この主人に逆らって食い殺そうとしたら返り討ちに合い、死ぬよりも怖ろしい目に遭ったことが記憶の片隅に刻まれているのだ。
「イイコですね〜。では、この辺に生えてる山菜を適当に取ってきてください」
言いながらフォレストはグリフォンに干し肉を与えた。
グリフォンが飛び立ったのを確認すると、再び台所へ戻る。
鍋に湯を沸かし、その中に適当に調味料で味付けをし、干し肉を入れる。
暫く煮込んでいると、外からグリフォンの泣き声が聞こえたので、外へ出る。
扉の前に、山菜が置かれていた。その少し離れでグリフォンが座っている。
「グーちゃん、お疲れ様。帰ったら沢山食べさせてあげますからね」
そう言ってフォレストは再び台所へ戻る。
山菜をさっと水で洗い、鍋にいれる。軽く沸騰させると干し肉と山菜入りのスープが出来た。
「卵があれば少しはマシな物が作れたんですけど…」
…姫は冗談が通じませんから「私を食・べ・てv」とか言ったら軽蔑されちゃうんでしょうね。まあ、敢えて言って反応を見るのも楽しいんですけどね。
などと、怪しいことを考えながら、姫のいる寝室へ出来たてのスープを運んでいく。
扉を軽く叩くと、「入ってもいいぞ」と返事が返ってきた。
入ると、姫はベッドの上に上半身だけ起こしていた。
「あ、良い香りがすると思ったら…」
姫の瞳が光り輝く。
「あれだけ動きまくったんですから、お腹もさぞ空いたことでしょう。大した物じゃありませんが、どうぞ」
フォレストは姫にスープを差し出した。
「ありがとう、フォレスト。嬉しい」
姫は満面の笑みで、賢者に感謝した。
「それは良かった」
言いながら、フォレストはベッドの端に腰を下ろす。
次いで満面の笑みでこう言った。
「お礼にちゅーvってしてくれます?」
予想通りというか、姫は賢者の一言にスープを喉に詰まらせてむせた。
「おやおや、大丈夫ですか」
フォレストは姫の背中を優しく摩る。
「けほっ…フ、フォレストが変な事言うから…っ。…はぁ、苦しかった…」
よほど苦しかったのか、目じりにうっすらと涙が滲んでいる。
「それより、アレイラル殿は?」
姫はさりげなく話題を変えた。
「奥の部屋で魔具を作ってます。 気が散ると言って追い出されましたが」
フォレストは苦笑した。
「凄くわかる気がする…」
私なんかが行ったら威嚇されそうだな。
人間嫌いは解らなくもないが、彼の女性嫌いは何故なんだろう。
「何故彼は女性を毛嫌いするんだろう?」
思った事を質問してみる。
「エルフってのは無駄に見目が良いですからね。女達に群がられて嫌になったんじゃないですか?」
「そういうものなのか。城の騎士たちは常にモテたいを連呼してるぞ」
「姫は男性にモテたいと思ったことはないのですか?」
「ない。特に興味なかったからな。…そういうフォレストはどうなのだ?」
姫の言葉にフォレストはにっこりと笑みを浮かべる。
「そんなのモテたいに決まってるじゃないですか」
「……そうか」
嬉々として言うフォレストを見て姫はなんだか寂しくなった。
「けれどひとつ問題がありまして」
「ん?」
フォレストは姫の顔を覗き込む。
「私がモテたいその人はとってもつれないお姫様なんですよね〜」
「え…」
「純粋で、初心で、頑固で…」
フォレストは、ひょい、と姫の手からスープを取り、ベッドの側にある机に置いた。
そっと姫の左頬に手を添える。
緊張と恥ずかしさから姫の顔が瞬く間に赤く染まる。
そんな姫をフォレストは優しく見つめる。
「食べてしまいたくなる…」
その一言に姫の表情が固まった。
目の前の賢者は今、私に何を言った!? 聞き間違いでなければ…。
何という事だ。賢者ともあろう者が気でもふれてしまったのだろうか?
「フォレスト…落ち着け。いいか? …人が人を食べて良いはずがないだろう? いや、そんな事したら犯罪だぞ!?」
フォレストを見る姫の表情は青ざめている。
「そういう意味で言ったわけではないのですがね。そのうち姫にもわかる日がきますよ」
苦笑しながらフォレストは姫の頬から手を放した。
「むう…また訳のわからないことを…」
「心配には及びません。私が徐々に教えて差し上げますから」
フォレストは姫に爽やかな笑顔を向ける。
「そうか。良く解らないが教えてくれるのなら、それにこしたことはない」
まだまだ世間には私のあずかり知らない事が沢山あるのだな…。
その「あずかり知らない事」が姫にとって最高に叫び逃げしたくなるほど、恥ずかしいものだという事が発覚するのは、もう暫く先の話。
その事が容易に想像できてしまったフォレストは、くすりと笑った。
「何かおかしかったか?」
姫は、さっぱり訳が解らないと小首を傾げる。
「いいえ、姫は本当に可愛いなあと思っただけです」
「私の事を、あまり可愛い可愛いと言わないでくれ。癪に障るぞ」
こういう時いつもフォレストはこう言って、お茶を濁している気がする。
「素直に褒め言葉と受け取って頂ければと」
納得はいかないが、こんな事でいちいち言い争うのも嫌なので、姫はこれ以上この件には関わらない事にした。
「そういえば、魔具は作るのにどれくらいかかるんだ?」
「鍛冶師と言っても、普通の鍛冶師じゃないですからね。魔晶石、いえ正しくは魔晶石だった物を元に鍛え上げられる武器ですから。 武器としての具現化がスムーズに行けば数刻、難しい時は数ヶ月かかる事もあるようです。 実際、この目で確かめようとしたらアレイラルに物凄い剣幕で怒られたので、どのようにして具現化するかは私もまだ見たことがないのです」
「そ、それは非常に怖ろしそうだな…」
姫は力なく笑った。きっと自分と手合わせした時のような殺気をむけられるに違いない。
「生涯を通して最高の魔具を創り上げるという、彼自身の崇高な理念に基づき、魔具を作る時は毎回真剣なんですよ。職人気質の強い人です」
「なるほど…では、いったん城に戻って出直した方が良さそうだな」
と、姫がベッドから立ち上がろうとした時だった。
「その必要はないぜ」
という声と共に扉が開きアレイラルが入ってくる。
その右手に握られているのは一振りの細身の剣。
「ま、まさか…」
「いい素材を選んだな、お姫さん。お陰で短時間で具現化出来た。試し切りするからついて来な」
アレイラルはくるりと踵を返し外へ向かう。姫とフォレストも彼の後を追う。
外はすっかり闇色に染まり、空には星が瞬いていた。
暗闇に来て見て解ったが、アレイラルが鍛え上げた細身の剣は銀色の刀身が燐光を纏っている。
彼が軽く剣を振っただけで、庭にあった木をいとも簡単に切り倒す。 何という切れ味の鋭さだろう。
「我ながら良い剣だ…」
アレイラルはそう言って、剣を握る手に力と魔力を込め振り切った。
すると剣の軌道に沿って、幾つもの流れ星が流れ落ちるように剣圧と魔力の混ざった流星群のような光が降り注いだ。
辺りの大地には弾丸のように降り注いだ光が、隕石が衝突したような痕跡を残す。その傷跡からは、しゅうしゅうと煙が立ち昇っている。
ヒュウ! とアレイラルが口笛を鳴らした。
「中位魔族もメじゃねぇんじゃねーの、コレ」
アレイラルは名残惜しそうに細身の剣を撫でる。
「手元に置いときたいくらいだが、約束だからな。あんたにやるよ、お姫さん」
姫は素直にアレイラルが差し出した剣を受け取る。
「ありがとう。大事にする」
笑顔で答える。
「名付けて『流星の光刃』だ。そいつの真名はあんたが考えたらいい。名付ける事でその剣はあんただけの物になる」
そして、いつになく真剣な面持ちでアレイラルはこう付け加える。
「もしそいつの使い方を間違った時は…俺様直々にあんた諸共その剣叩き折りに行くから、間違うんじゃねぇぜ」
恐らく、人としての道を踏み外すなと言いたいのだろう。大いなる力は時として、人の精神を蝕むものだ。武器に溺れ、狂気にとりつかれ、破壊に楽しみをみいだすようになったら終わりだ。
「解った」
姫は剣を大切に握り締めた。
「お疲れ様でした。アレイラル。明日にでもまともな食材を運ばせますね」
「あ? なんだよ、いきなり」
「だって貴方の台所、干し肉しかないんですもん。味気ないったら…」
フォレストは、やれやれと肩をすくめてみせる。
「けっ」
「嬉しいくせに、ホント素直じゃないですね〜」
「うるせー。用事が終わったならとっとと帰れ!」
アレイラルはフォレストに眼を飛ばす。実はさほど気分を害しているわけではないが。
「はいはい、退散してあげますよ。また何かありましたらよろしくお願いしますね」
言いながらフォレストはグリフォンに跨り、姫を抱き上げる。
「ああ。気をつけて帰れよ。ま、お前なら多少の事じゃくたばらねぇか」
じゃあな、と片手を上げてアレイラルは家の中へ戻っていく。
「最後まで可愛気の無い人ですね〜。では帰るとしますか」
そうして、姫と賢者を乗せたグリフォンは闇の中へ姿を消した。