「茨の刻印」・23




「さあ、ここからお姫さんの好きな武器を選びな」
 そう言って姫が連れてこられたのは、地下の一室。眼前には様々な種類の武器が並んでいる。大振りの戦斧から鞭まであらゆる物が揃っている。
 姫は暫く武器を眺めた後、一振りの細身の剣を手に取る。
「何が自分に合っているかは、それなりに解ってるんだな」
 アレイラルはふん、と鼻を鳴らす。
 そして自分も姫と同じ、細身の剣を手に取った。
「何故、同じ剣を?」
 姫の問いにアレイラルは冷ややかに告げる。
「自分が一番得意な武器で負けた方が悔しいだろう?」
 姫は少し驚いたようにアレイラルを見た。
「女だからって容赦しねー」
 アレイラルから表情と呼べるものは既に無くなっていた。
 少々手厳しい応対に、姫は思わず言葉を失う。
 上の階に戻ると、フォレストが優雅にお茶をしていた。
「何やってんだ、お前…」
 呆れたようにアレイラルはフォレストを見下ろす。
「ただ待ってるのも暇だったので、お茶を拝借してました。一杯如何です?」
「けっ」
 吐き捨てるように言い、フォレストの正面にどかっと腰掛ける。
「姫は…勿論飲みますよね?」
 フォレストの笑顔に姫は頷く。そして彼の隣に腰を下ろす。
 手際よく紅茶を淹れ、姫とアレイラルの前にフォレストはそれを置く。
 アレイラルはちゃっかり紅茶を飲んでいる。
「まじい…」
「なら飲まなきゃ良いじゃないですか」
 フォレストはくすくすと笑った。
「出されたモンはきちんと飲む主義なんだよ」
「不味いとは思わないが…」
「エルフですから、舌も肥えてるんでしょうね」
 姫の言葉にフォレストは苦笑する。
 そっけないが、悪い人ではなさそうだな。
 姫は紅茶を啜りながらぼんやりとそう思っていた。
「何見てんだよ。うぜぇんだよ、ったく」
 アレイラルは姫を睨みつける。
 これには流石に姫も少々むっと来たらしく、こう返した。
「…そういうのは自意識過剰というのだ」
「この野郎…」
 野郎ではないが、この際細かい事はどうでもいいらしい。
 姫とアレイラルの視線が交錯する。
 フォレストだけが笑顔を湛えている。アレイラルが姫に好意を寄せない事が解っているので、機嫌が良いのである。
 あえて二人を止めようともしない。
 フォレストにとっては、二人の仲が良くなるのは御免だが、悪くなる分には全く問題ないのである。
「そろそろ試合を始めたら如何です?」
 フォレストの言葉に二人は勢いよく席を立ち上がり、外へ移動する。
 見晴らしのよい丘の上は、風通しもよく、日差しが肌に心地よい。
 姫は細身の剣を右手に持ち身構える。アレイラルも同様に剣を構えた。
 絶対一撃与えてやる…!
 姫の拳に力がこもる。
「あはは。二人ともやる気満々ですね〜。姫、頑張ってくださ〜いv」
 フォレストは姫に声援を送る。
 そんな穏やかなフォレストとは違い、姫とアレイラルの空気は緊迫していた。
 先に行動を起こしたのは姫。
「…参る」
 言いながら体を左から右へ捻り前方へ剣を繰り出す。それと共に、ヒュッという風を切る短い音が響いた。
 一瞬、当たったかのように見えたが、その切っ先がアレイラルを捕らえる事は無く。
 アレイラルは僅かに首を横へずらしただけである。その場から一歩も動く事無く。
 いや、傍目には動いた事すら解らないような、僅かな動きであった。
 それは、剣を極めたものだけが成し得る、必要最小限の無駄の無い動き。
 まさに、紙一重というやつである。
 姫とてそんな簡単に攻撃が当たるとは思っていない。続けざまに、勢い良く何度も連続して素早く剣を繰り出す。
 姫の頭上をひらりと舞っていた葉が、剣圧で木っ端微塵に弾け飛ぶ。
 しかし、またしてもその切っ先がアレイラルを捕らえる事は無かった。
 実力の差は明白。アレイラルからすれば、姫など赤子の手を捻るようなものなのだろう。
 やはり、強い…! かすりもしないとは。
 次の瞬間、姫の背筋が一気に凍りついた。
 頭上から振り下ろされる剣が肩に食い込み、そのまま、ずぶりと自分の体の中へ深く沈んでいく。
 な…っ!
 溢れる鮮血が傷口をみるみる赤く染めていく。
「どうした、固まって」
 頭上から響く言葉に、はっと我に返ると、アレイラルが自分を見下ろしていて。
 姫はその眼光の恐ろしさに、反射的に地を蹴り後退した。
 改めて肩に目をやると、血は愚か、傷など何処にも付いていない。
 一瞬、アイアリアでの出来事が姫の脳裏を掠めた。
 この寒気のする鳥肌の立つような気配…これは、殺気だ…。それも、下位魔族など問題にならないほど。
 姫の額に冷たい汗が浮かんでいく。
 さっきの攻撃は、この人の殺気が映像となって私に伝わってきた物だったのだ。
 何という、冷酷な鋭い殺気…。
 これではハンデなど無きに等しいではないか。
 超一流の剣の使い手が発する殺気に、そう何度も耐えられる物ではない。剣を扱う者として、私にもそれくらい簡単に解る。
 正直逃げ出したいくらいだ。
 だけど、フォレストが見てる前で無様な醜態は晒したくない。
 最初から勝てるなんて思ってない。それでも逃げるような真似だけはしたくない。
 姫は恐怖を拭いきれないまま、アレイラルと対峙する。
「!」
 気付いた時にはアレイラルが一気に差を詰めて来ていた。
 次いで右腕に走る強烈な痺れ。
 遥か後方で、乾いた音を立てて落下する剣の音。
 それは、ほんの一瞬の出来事で、何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
 空になった右手は強い痺れの為に硬直している。
「…っ」
 姫は左手で右手をさする。
「二、三日は剣を持てないだろうよ。もっと修行して出直してきな」
 冷ややかに姫を見下ろす異なる色の双眸。
「貴方ともあろう人が、まさか姫相手に本気になるとはねぇ」
 フォレストは意味ありげに微笑んでアレイラルを見た。
「うるせえよ」
 目だ。
 あの目が、俺を本気にさせる。
 軽くあしらって終わらせる事も出来たのに、何故かあの目に見つめられると、そうしてしまう。
 姫は弾かれた剣を拾い、元居た場所に戻ってくるとこう言った。
「アレイラル殿。もう一度手合わせを」
 姫は真っ直ぐにアレイラルを見据える。
「あ? 何言ってんだ、お前」
 こいつ莫迦か? もうその手じゃ剣は握れないだろうが。
「手合わせを要求する」
「何度やっても時間の無駄だと思うけどな」
 アレイラルは少しイラついた声で答えた。
「やってみなければ解らないだろう」
 それは決して驕りから来る言葉ではなく、ほんの僅かな希望を諦めていない。
 どこまでも曇りの無い透明な意思。
 姫は右手に剣を持ち替える。ピリッと電気が走るような痛みが走り、思わず顔をしかめた。
 その様子を見ていたフォレストが、姫の右手を固定するように、ハンカチで右手と剣の柄をしっかりと結ぶ。
「ありがとう、フォレスト」
「本当は連れて帰りたいですけどね。こうなったら、あなたは梃子でも動きませんから」
 そう言ってフォレストは優しく微笑んだ。
 それから数刻が過ぎ……。
 相変わらずアレイラルに掠り傷ひとつ付ける事も出来ないまま、陽が徐々に傾いていた。
 それに対し、姫は、所々に傷を負い血が滲んでいた。どれも掠り傷程度の軽いものであったが。
 額には玉の汗が浮かび、肩は大きく上下している。
 姫は思わず苦笑を漏らす。
 ここまで、徹底的に歯が立たないと逆に清々しい気がしてくるから不思議だ。
 それと共に、無敵ともいえる強さの相手に出会えた事の喜びすらこみ上げてくる。
「何笑ってやがる。気色わりぃ」
 アレイラルは息一つ乱れていない。しかし内心は、徐々にイラつき始めていた。
 倒しても倒しても起き上がってくるのだ。
 何故、敵わないと解っていながら、わざわざ勝負を挑んでくる? 全く意味が無い。時間の無駄だ。
 しかし、それとは裏腹に起き上がってくる事を期待している自分も居て。
 なんだってンだ、全く。
 イラついて思わず乱暴に剣を繰り出してしまった。
 剣の柄の根元が、姫の鳩尾に深くめり込む。そのまま、華奢な少女は後方へ勢いよく吹き飛ばされた。
 どさり。
 仰向けに崩れ落ち、砂埃が舞い上がる。
 アレイラルは慌てて姫に駆け寄り抱き起こす。
「おい、大丈夫か!?」
 その時、何かがぱこっと頭を軽く叩いた。
「一本、取っ、た…」
 息を詰まらせながら、切れ切れに言葉を発する姫。叩いた物は、姫が右手に握った細身の剣だった。
「なっ…」
 流石にアレイラルもこれには言葉を失う。
「敵に…情けを、かける、とは…まだまだ、甘い…な」
 姫は傷だらけの顔でにっこりと微笑んで…・・そのまま意識を手放した。
「ばっかじゃねぇの!」
 こんなズタボロになるまで、何考えてんだ、このお姫さんは。
「その莫迦に負けたのは、他でもない貴方ですよ」
 貸して下さい、と姫を抱き上げながらフォレストは言った。
「てめぇ、こうなる事が解ってたんじゃねぇのか?」
 苦い表情で、アレイラルはフォレストに問うた。
「まさか。私はいつでも姫を信じてるだけです」
 そう言って、賢者はにっこりと微笑んでみせた。
 腕の中の少女は、満身創痍であったが、その寝顔はとてもすっきりしているように見えた。
「寝室、お借りしますね」
「おう」
 フォレストに答えは声は相変わらず、ぶっきらぼうであったが、どことなく温かみが増したように感じられた。
 家の中に消えていく二人の後姿を見て、アレイラルはぼそりと呟いた。
「全く、大したお姫さんだぜ」
 その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

*          *          *


 ゆっくりと瞳を開けると、見慣れない天井が視界いっぱいに広がっている。
 体を起こそうとして、鳩尾に激痛が走る。
「いった…」
 ぽすん、と再びベッドに逆戻りする。
 窓に目をやると、辺りはすっかり茜色に染まっていた。斜めに差し込む斜陽が、室内も夕暮れ色に染めている。
「ふう…」
 そういえば鳩尾に一撃喰らったのだったな…。
 未だにズキズキと痛むそこへ、手を当てて軽くさする。幸いな事に骨折はしていないようだ。
 姫は鳩尾の辺りがどうなっているか、確認する為に、上着を胸の下辺りまでめくりあげる。
 女性的な丸みを帯びた柔らかな体のラインが確認できる。
 そして、首から上だけを持ち上げるようにして覗き込むと、その白い肌に自己主張するように、青紫の斑点があった。見るからに痛々しい打撲の跡。
 と、そこへ扉が開く音がして、フォレストが入ってきた。まだ、姫が眠っていると思っていたので、敢えて扉を叩かなかったのである。
 姫は思わずそのまま固まってしまう。
 数秒後、その喉から悲鳴が発せられた。慌てて服を元に戻す。
「おや〜、思ったより元気ですね。良い物みちゃったv」
 フォレストはきゃあきゃあ喚く姫にお構いなしで、ベッドの側までやってくる。
「かっ、勝手に見るな!」
 姫は怒ったような、困ったような複雑な表情でフォレストを睨んでいる。
「いやいや、不可抗力ですから。それに、あまり良く見えませんでしたし」
 言いながら、フォレストはベッドに腰を下ろす。二人分の重さに軋んで、ギシッという音がした。
「もう知らぬ!」
 姫はぷいっとそっぽを向く。フォレストは構わず話し続ける。
「ですから…」
 そして姫の耳元でこう、囁いた。
「今度じっくり…見せてくださいね」
 思ってもいない一言に、心臓が跳ね上がる想いがした。
「ば、莫迦!!」
 やっとの思いでそれだけ言うと、姫は物凄い勢いで布団を頭が隠れるまですっぽりと被った。
 もう! もう!
 どうしてフォレストはいつも恥ずかしい事ばかり…!
 顔面どころか、耳の先まで真っ赤になっているのが自分でもはっきりと解るくらいに、熱い。
 熱さで頭がぼうっとしてくる。
 どくん、どくんと鼓動が急回転している。
 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。穴があれば入りたい気持ちが凄く良く解る…。
「賢者である私に莫迦って言うのは、あなたくらいのものですよ」
 笑いを含んだフォレストの声が、姫の鼓膜を優しく、くすぐる。
「顔を見せてください」
「嫌だ」
 こんなみっともない顔見せられるか…。
 そんな姫の気持ちを無視して、フォレストはぐいっと首の辺りまで、覆っていた布団を下げた。
 外気に晒された姫の頬が、一瞬ひやっとする。
「見るなというのにっ!」
 両手で顔面を覆う。
 何だか悔しくて、姫は少しだけ涙目になる。
「何故…?」
「みっともないからに決まっているだろう」
「どこがみっともないんです?」
「だから、その…うわっ」
 考えてる隙をついて、あっけなく両手を顔から剥がされてしまう。
 幽かに潤んだ菫色の瞳と。薔薇色に染まった両頬と。躊躇いがちな唇と。
「…この世に生を受けてから、あなたほど可愛いと思った女性はいません」
 そう言って、姫を見つめる賢者の青い瞳は優しく揺れる。
「本当は、私以外の男に、あなたの体が傷つけられるなんて酷く許せない…」
「フォレスト…」
「私の姫君…」
 聞いているほうが恥ずかしくなるような、艶やかな声でそう言うと、フォレストは姫の右手にそっと口付ける。
 長い銀色の睫毛が伏せられる。
 無意識に、綺麗だと姫は思った。
 しかし二人の甘い空間は次の瞬間崩される事となる。
 ぐうぅ〜〜〜…。
「うわっ」
 空腹を訴える姫の胃袋が、食事を要求する音であった。
 これには、思わずフォレストも笑いが零れる。
「いやぁ、本当に姫といると飽きませんね」
 先ほどの甘いムードはどこへやら、である。
「好きでやったんじゃないぞ」
 姫は照れ隠しに、ぶっきらぼうに答える。
 でも、内心ちょっと、ほっとしているかもしれない。
 あのまま、あの状況が続いていたら、どうなっていたことか…。
 姫は自分の胃袋に、少し感謝したのだった。



TO BE CONTINUED...
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*「梃子(てこ)」って、こう書くんですね〜。というかラヴいとこがはじゅかちー(*ノノ)


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