「茨の刻印」・22




「フォレスト、どこへ行くんだ?ここは螺旋宮だよな…」
 姫はゆるやかに曲線を描く白亜の廊下を、フォレストの後を追いながら歩く。
「姫は、何故、魔具が魔力を媒体にする事が出来ると思いますか?」
「え…」
 賢者の問いに姫は戸惑う。
 ううむ。螺旋宮と魔具に関連性がある事といえば…。もしかして…。
「魔晶石、か?」
 姫の答えにフォレストは笑みを浮かべる。
「正解です。魔具となる物に魔晶石を融合させる事によって、それが作られるのです」
「魔晶石は全てここに集まるから取りに来たわけだな」
「ええ」
 規則正しい靴音を響かせながら二人は歩き続ける。
 暫く歩き続けると、扉に保管庫と書かれた部屋の前でフォレストが立ち止まり、軽く扉を叩いた。
「どうぞ〜」
 と、暢気そうな女性の声が返ってくる。
 二人は保管庫へ入る。
 室内は図書館の様に、幾つかの棚が並んでおり、透明な器に収められた魔晶石が綺麗に陳列されている。
 焦げ茶の髪を肩のあたりで真っ直ぐに切り揃え、眼鏡をかけた女性が立ったまま書類に何かを書き綴っている。
「こんにちは。魔具を作りたいので魔晶石を頂きたいのですが」
 フォレストが女性に語りかける。
 女性は、フォレストを一瞥すると、こう言った。
「貴方、襟章つけてないじゃない。残念だけど、魔狩人にしか魔具は所持を許されていないのよ」
「いえ、私ではなく、この方の為に必要なのです」
 フォレストは微笑して、姫を紹介する。
 姫の金の襟章を見て、眼鏡の女性は目を皿のようにした。
「あ…あなた、金位なの!?」
「あ、ああ…」
 襲い掛からんばかりに、勢い良くがっしりと両肩を掴まれ、姫は一瞬返事が遅れた。
「ご存じないのも仕方ありません。ここへはまだ数回しか来た事がありませんから。それと、アレイシスさんは、こちらにいらっしゃいますか?」
 フォレストの言葉に、女性は肩をすくめる。
「彼の人間嫌いは相当なものね。フォルゼン様が一生懸命足止めなさってたけど、結局三ヶ月前にここを出て、イトスへ逆戻りよ。それに、自分が気に入らない奴には魔具を作ってくれないから、彼はあまりお薦めできないわねぇ。腕は最高にいいんだけど…」
「そうですか」
 相変わらずですね、あの人は。
 フォレストは苦笑する。
「お薦めの魔晶石はありますか?」
「そうねぇ、金位なら、奥から二つ目の棚にある魔晶石が良いと思うわ。中位から上位までが揃ってるから」
「ありがとうございます」
「好きなの持ってっちゃって頂戴」
 眼鏡の女性は愛想良く笑みを浮かべ、片目を閉じて見せた。
 姫とフォレストは目当ての棚の前まで移動する。
 奥という事もあって、周囲は仄かな光しか届かず、薄暗い。
「…こうして、器に入って並べられていると、綺麗に見えるな…。本物の宝石と見分けがつかない位だ。…元はあんなに禍々しい物なのに」
「それは、そうでしょう。ここにある魔晶石は浄化師によって清められた物です。ですから、ここにある魔晶石は全て、純粋な魔力の結晶と言えます」
「なるほど…」
 言われてみれば邪悪な気を全く感じない。
「魔力の結晶か…」
 呟きながら姫は魔晶石を物色し始める。
 と、その視線がある一点で止まる。そっと、手を伸ばし、数ある魔晶石の中からそれを取り上げる。
 それは海のように深い青。どこまでも高い空を連想させる。そんな青い色彩を、その魔晶石は纏っていた。
 仄かな光しか差さないこの場所で、魔晶石はうっすらと光を放っている。
「お決まりですか?」
 背後から覗き込んでくる瞳も青。
 姫はその瞳に一瞬引き込まれそうになり、慌てて顔を逸らす。
「うむ。これにする」
 鼓動が物凄い早鐘を打っているが、あえて何でもないふりをして答える。
 部屋を出ようと、姫が横を向くと目の前はフォレストの腕で遮られていた。
 いつの間にか、姫を挟んでフォレストが棚に両手をついていた。これでは身動きが取れない。
「フォレスト、腕をどけてくれ」
「嫌だと言ったら?」
 耳元で囁かれ、甘い疼きが脳に響いて、姫は一瞬くらっとした。
 それでなくとも、敏感になっている背中からフォレストの温もりを感じているのだ。
 平静で居られるわけがない。
「嫌も何も、くだらない冗談は止せ」
 こんな所さっきの女の人に見られたら…。
 棚とフォレストの間で姫は困惑する。
「私は冗談で姫にこんなことしませんよ」
 笑いを含んだ声で言い、フォレストは姫の耳朶を軽く噛む。
「き…むぐ」
「お静かに。人が来ちゃいます」
 姫の口を左手で覆いながらフォレストが言う。
 人に悲鳴を上げるような事をしているのはフォレストではないか!
 姫は真っ赤になって賢者を睨みつける。対するフォレストはその青い瞳に優しい色を浮かべている。
 そっと姫を覆っている手を放していく。
 姫は小声で賢者に問うた。
「…何を考えている!?」
「たまにはムードに流されるのも悪くないかと思いまして。薄暗い場所にほぼ二人きりですし」
「な…っ」
「ねえ、姫。たまにはご褒美貰ってもいいですよね?」
 どことなく熱っぽい瞳で姫を見つめながら、フォレストはその桜のような唇を指でなぞる。
 今の姫には、もはや言語能力など残っていなかった。
 フォレストの問いに答えるでもなく、呆然と姫の菫色の瞳は彼の姿を映している。
 全身が心臓にでもなったかのように、鼓動だけが爆音のように頭の中に響いてくる。
 くい、と顔を上向かされる。
 そして、ゆっくりとフォレストの唇と姫のそれが重なって…。
「えーっと、この魔晶石は…」
 そこへ、先ほどの眼鏡の女性が入ってきた。
「あら、二人ともまだ物色中?良いのが見つかるといいわね」
 そう言って、手にしていた魔晶石の入った器を棚に置くとその場を去って行った。
「…せっかく良いところでしたのに…」
 二人の唇があと数ミリで重なろうとした瞬間、人の気配に気付いたフォレストが、素早く離れたのだった。
 姫はというと、フォレストに背を向けて俯いて両手で顔面を覆っている。
 私…今何をしようと…っ!
 恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしいっ!!
 そそそ、それにっ。王家のキスは神聖なものなのに。
「姫」
 フォレストの呼びかけに思わず姫は体が硬直する。
「邪魔も入ったことですし、そろそろ行きましょうか」
「わ、解った…」
 姫は螺旋宮を後にするまで、赤く火照った顔をフォレストに見られるのが恥ずかしくて、ずっと俯いていたのだった。

*          *          *


 イルアーナ王都から西へ、馬車で三時間ほど行った所にある、鍛冶師の町イトス。
 そこは螺旋宮の魔狩人が、魔力を媒体とする魔具を作っている町。
 その中には名工と呼ばれる者も居て、世に名高い魔剣などを創り出してもいる。
 イトスの町はずれの、人が寄り付かないような小高い丘に彼は居た。
 頭には青いバンダナを巻き、出来上がったばかりの剣の魔具の出来を確かめている。
 珍しい事にそれを見つめる双眸の色は異なっている。右が赤で左が新緑を思わせる緑。
 それなりに整った風貌ではあるが、やや釣り目気味で、人によっては少しきついという印象を受けるかもしれない。
 この男、名をアレイラルという。
「……」
 彼は得心したように頷き、剣を鞘に収める。
 頬にかかる金髪を忌々しそうに指で弾く。
 ふと、庭の方で何かが羽ばたく音が聞こえた。
「フォレストなんか嫌いだっ!」
「姫もその気になってたじゃないですか」
「あれは不可抗力だ!!」
 女と男の言い争う声。来た早々仲違いしているらしい。
 姫とフォレストがグリフォンに乗って来たのだ。
 また、厄介ごとが増えたのが嫌なのか、アレイラルは眉根を寄せる。
 痴話喧嘩は他所でやれ!
 彼は、いっそこのまま裏口から出て行ってしまおうかと思った。
 しかし、立ち上がったその時、彼らが扉を叩いた。
 なんと間が悪いのか。彼は思わず自分を呪った。
「…開いている」
 ぶっきらぼうにそう答えた。
 扉が開く音がして、彼の目の前に現れたのは、華奢な少女と…もう一人は見覚えのある人物だった。
「お久しぶりです。アレイラル。相変わらず人間嫌いは健在のようですね」
 フォレストは彼に笑顔を向ける。
「お前、少し丸くなったか?」
 彼が知るフォレストはもう少し近寄りがたい雰囲気があった。お互いが知り合った時期が時期だけに、そういう印象が強く残ったのかもしれないが。
「そうかもしれませんね。かけがえの無い存在が出来ましたから…」
 フォレストは幸せそうに姫を見やる。
 仄かに姫の頬が赤く染まる。
「私を見るなっ」
 恥ずかしくて思わずそう口に出していた。
「姫ったら、照れ屋さんv」
「惚気はいいから、さっさと用件を言え」
 姫からすると、アレイラルは常に無表情で、怒っているのかすら解らない。
「紹介が遅れましたが、こちらにいらっしゃる、イルアーナ王家第二王女ティナローザ様の魔具を作って頂きたいのです」
 途端にアレイラルの表情が曇っていく。
「何故俺が女なんかの魔具を作らなきゃならん。断る」
「そんなつれないこと言わずに、お願いします」
「嫌だ」
 即答である。
「もう少し可愛げがあった方が人生楽しいですよ?」
「無理を言うな。この性格で六百年は生きてきたんだ」
 アレイラルの何気ない一言に姫は驚愕する。
「ろ、ろっぴゃく…!?」
 それは遥かに人間の寿命を超越しているような…いや、している。
「ああ、言ってませんでしたっけ。アレイラルさんはエルフなんですよ」
 フォレストの言葉に姫は二度驚く。
「エルフ…」
 エルフっていうと、あの優雅で気品溢れ、魔術に長けた一族、か?
 それに今更ながら不思議に思ったが、左右の目の色が違う…。
「俺は見せもんじゃねえ。じろじろ見るな」
 彼が頭に巻いてるバンダナはエルフ特有の尖った耳を隠すためでもある。
 人里で行動するには人目を引きすぎて動きにくいからだ。
 エルフは通常人里に降りてくることは無い。そういう意味ではアレイラルは変わり者であった。
 鋭い眼光で睨まれて、姫は思わず賢者の後ろに隠れる。
「フォレスト、お前も俺が女嫌いだと解ってて連れてくるな」
 アレイラルの言葉に賢者は余裕の笑みを浮かべる。
「おや、私にそんな口利いても良いんですか?せっかく持って来たのになぁ、コレ」
 と、アレイラルの目の前に、ボトルを一本突き出す。
 見たところ上質の酒の様だ。それも一般の店では滅多に入手できない極上の美酒。
 途端にアレイラルの目の色が変わった。
 彼は美味しい酒に目が無いのだ。
「魔具を作って頂くお礼にと思って持って来たんですが、断られちゃ仕方がないですね。ここは潔く帰りましょう、姫」
「え?ちょっ…フォレスト?」
 賢者に促されるまま扉へ向かう姫。
 扉の取っ手に手をかけ、開け放った所へ、後ろから呼び止められた。
「ちょっと待て!」
 アレイラルの珍しく慌てた様子に、ニヤリと意地の悪い笑みをフォレストは浮かべた。
「いえいえ、無理にお願いした私が悪いのです。ここは大人しく…」
「作ってやるよ!!」
 半ば逆ギレ気味にアレイラルは言い放った。
 フォレストはくるりと向きを変え笑顔で言った。
「初めから素直にそう言えば良いんですよ」
 爽やかなフォレストの笑顔が、何故か歪んで見えたのは姫の気のせいではない。
 あからさまに、人の弱味に漬け込んでいるな…。
 心なしか楽しそうに見えるフォレストに、姫は少し呆れ気味にそう思った。
「…ただし、条件付きだ。そこのお姫さんが俺と剣で勝負して勝ったらやるよ」
「解った」
 姫は了解する。
 それと同時に慌てる賢者。
「ちょっと待って下さい。武器の達人である貴方に姫が敵うわけ無いじゃないですか」
「なっ!?達人!?」
 姫に解るようにフォレストがフォローを入れる。
「魔具を作る鍛冶師達はあらゆる武器のエキスパートです。武器に精通していなければ、優れた魔具は生み出せませんからね」
「なるほど…」
 しかも相手は六百年も生きていて。それなら達人というより神の域にまで達していそうだな。
 姫は不安を隠せない。
「怖気づいたか?止めても良いんだぜ、お姫さん」
「引かぬ」
 せっかくフォレストがわざわざここまで連れてきてくれたのだ。その行為を無駄にしたくない。
 それにいざという時困らない為にも、魔具は是非とも必要だ。
 姫は曇りの無い真っ直ぐな瞳で、アレイラルを見据える。
「…女のクセに良い目をしやがる。それに敬意を表してハンデをくれてやるよ。一回でも俺にダメージを与えられたら合格だ」
 アレイラルは不適な笑みを浮かべた。



TO BE CONTINUED...
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