「茨の刻印」・19




 ずっと、ある意味孤独だった。
 宮廷魔術師にもその能力が秀でた者達は居たが。
 そもそも魔力の源からして、違う。
 魔術師の魔法は言葉を媒介とし、奇跡にも近い事を起こす。
 でも、私の場合は内在する魔力が源だ。呪文も媒介も必要とせず。
 しかし、その事が気に入らない輩も当然居るわけで。さりげない皮肉を良く言われたりもした。
「魔力しかとりえのないくせに」
「刻印の力がなければ、ただの小娘ではないか」
「あんな見た目が良いだけの、世間知らずな姫に刻印が宿った所で、何の意味がある」
 ある意味、『逃げ』…だったのかもしれない。
 私が、螺旋宮に行くと言った事は。
 確かに、この刻印の力をもっと役立てたいと思っていたのは偽りではない。けれど、ずっと城の中に居て、彼らの陰口を気にしている自分も居たのだ。
 もう沢山だと。
(また、そんな真面目に考え込んでるんですか?)
 しょうがないだろう、そういう性格なのだから。
(そんな事より、私が作った卵スープでも飲みましょう)
 まあ、確かにお腹は空いている。
 姫がスープをひと口啜ろうとすると、ひょい、と持ち上げられる。
 こら、何でそんな嫌がらせをする、フォレスト。
(誰も姫にあげるなんて言ってませーん)
 そう言って、フォレストは一杯のスープを飲み干してしまった。
 何てことするんだ! 私の卵スープだったのに〜!!

「!」

 そこで、目覚めた。
 見開いた目の先には、ふわふわと温かい湯気を漂わせているスープがあり…。
「おはようございます。姫」
 次いで賢者が笑顔でそう言った。
 スープと賢者を交互に見た後、姫は訝しげに賢者を見た。
「何を、している?」
「姫があんまり気持ち良さそうに眠ってるので、起こすのが憚られまして。スープの香りでも嗅がせてみたら起きるかな〜という実験です」
「…貴殿のせいで、卵スープを食べ損ねた」
 姫は眉間にしわを寄せる。
「それは申し訳ございません」
 フォレストはくすくすと笑う。
「どんな夢を見ていたのか気になりますね」
「その前に、そのスープ、私に飲ませてくれるのか?」
「もちろん。その為に持ってきたのですから。体が温まるように、ね」
 フォレストは姫にスープの入った器を渡す。
 姫は温かいスープをひと口啜ってほっとする。
「で、どんな夢をご覧になったんですか?」
「…秘密だ」
「え〜!? それは狡いですよ、姫〜っ」
「賢者ともあろう者が、これ位で情けない声を出すな」
 ああ、何だか良い気分だ。今まで口ではフォレストに全く敵わなかったけど。私もやれば出来るじゃないか。
 何だか嬉しくて、姫はフォレストに気付かれないように密かに笑った。
 ああ、今日は素敵な一日になりそうだな。

 しかし、その期待が裏切られる事など、今の姫には知る由も無い事だった。

*          *          *


 一通り、フォレストから事の詳細を聞いた法王は、姫と賢者に深く一礼をする。
「本当に、何とお礼を申し上げれば良いのか…」
 フォレストは笑顔ではあるが、どこかすっきりしない表情だ。
「シュバイツ様の期待にそう事が出来て良かったです…」
 しかし、これで片が付いたとは到底思えないんですが…。と言おうとして、フォレストは言葉を飲み込む。
 さりげなく、侍女が紅茶と茶菓子を運んできた。
 法王の室内に配置された接客用の机に、姫と賢者、法王の順で紅茶を置き、真ん中に皿に盛った茶菓子を静かに置く。
 一礼すると侍女は静かに部屋を立ち去る。
 法王に進められるまで待ってから、姫は紅茶に口をつける。
「ところで、フォレストこれからの予定はどうなっているのだ?」
「シュバイツ様と、改めて聖なる湖を見に行こうと思っています」
 フォレストはいつものように姫に微笑みかける。
「そうか、そうだな。私も昨日はじっくり見られなかったから、良いかもしれぬ」
 何せ寒さと疲れで、ゆったりと観賞出来なかった。
 というわけで、姫達は聖なる湖へ向かう事となった。

 ううむ。まさかこんなに人が来るとは…。
 姫は前方に続く四、五十名の白い僧侶服に身を包んだ列を見て思った。てっきり、自分とフォレスト、法王の三人のみで湖に行くと思い込んでいたので、意外な人の多さに姫は少し驚いていた。
 さくさくさく、と僅かに積もった雪の上を歩く。行列に踏み固められて少し泥っぽくなっている。
 寒さは昨日よりも和らいでおり、こちらに居る事で少しは気候に慣れたのか、そこまで寒いとは感じない。
 多分、それは姫の気のせいにすぎないのだが。
「姫、やはり、着込みすぎたんじゃないですか?汗かいてますよ」
 フォレストが苦笑する。
「う、うるさいっ! 私にはコレくらいがちょうど良いのだっ」
 ほのかに頬を染めて前を歩く賢者を睨みつける。
 対するフォレストはいつもの服に毛皮の外套を羽織ったくらいである。
 うぅ、確かに十分も歩いてると、ちょっと…暑い、かもしれない。
 だが寒いよりは、かなりマシだ。
 姫達が湖につく頃には、僧侶達が湖の淵に溜まって白い人だかりが出来ていた。
 十字を切り祈りを捧げる者、聖水を硝子の器に入れる者、感慨深げに湖面を見つめる者…。
 皆していることはバラバラだったが、聖なる泉が復活した事を喜んでいるのは、見ているだけでも解る。
 待ちに待った湖の復活に誰もが顔をほころばせ、穏やかな時が流れていた。
「本当に心が洗われる様な気がするな…」
 それは透き通っていて、あまりにも純粋すぎて。
 少し怖い、と姫は思った。例えば、あまりにも美しく澄んで綺麗過ぎる水に生き物が存在しないような、そんな感覚。
 それほどに、聖なる湖の発する聖気の波動は凛として透き通っている。
 一片の混じり気もなく。
 姫も他の者と同様に、硝子の器に聖水を注ぎ込む。
 せっかくだから、記念に持って帰ろう。
 指先に伝わる、氷のように冷たい水の感触に、思わず鳥肌が立つ。
 硝子の器に栓をして、聖水が零れないのを確認し外套のポケットにしまう。
 ふと、フォレストに目をやると湖面を見つめているようだ。
「感慨にでも浸っているのか?フォレスト」
「まあ、そんなところです」
 フォレストは微笑んだ。
 しかし、心の片隅では不測の事態に備え、辺りの様子に細心の注意を払っている。
 このままで終わるはずがありません。湖が蘇った事は相手に既に伝わっています。
 やはり、事前に注意を促し、大勢で来る事を止めるように言った方が良かったのかもしれませんね。
 フォレストは密かに鉄扇を右手に持つ。
 下手に不安を煽る事は無いと黙ってましたけど…。
 どっちにせよ、姫だけは絶対守りぬきます。
「皆、こちらへ集まりなさい。聖なる湖に祈りを捧げよう」
 法王の言葉にその場に居た全員が、法王のもとに一箇所に集まる。
 法王が、落ち着いて、それでいて包み込むような声で聖句を謳っていく。
 僧侶達は十字架を握りしめ黙想し、静かに祈りを捧げている。
 もう二度と湖が枯れませんように…。
 姫も両手を組んで静かに祈りを捧げた。
「…では、そろそろ戻りましょう」
 法王がそう言うと、僧侶一行はぞろぞろと再び長い列を組み、湖を後にしていく。
 その列の最後に、姫と賢者、法王の三人が続く。
 と、フォレストの表情が一気に固くなる。
 ザザザ…と、波立っていないはずの湖から聞こえる、かすかな水の音。
 素早く列の最後尾に移動し、湖面に目をやる。
「フォレスト?」
 姫が賢者を振り返ると。
 ザザザーっと激しい水飛沫を巻き上げながら、氷の刃が物凄い勢いでこちらへ迫ってきているのだった。
「伏せてくださいっ!」
 念の為、そう叫んでフォレストは手にしていた鉄扇を勢いよく振りかざす。
 すると、空気を切り裂くような鋭い風の刃が生まれた。かまいたちの様な鋭利な風の白刃は、氷の刃めがけて音速で飛んでいく。ヒュオ! っと風を切る音を上げる。
 その二つの異なる刃は、湖の淵の付近でせめぎあう。
 フォレストは次の一撃を放つべく身構えている。
 その場の空気を震撼させるような、せめぎあいをしたまま二つの刃は互いの勢いを削っていく。
 完全な均衡状態が少し続いた後、氷が粉々に砕け飛び、風の刃も消失する。
 キラキラと日の光を浴びて、硝子のように煌きながら散っていく。
 氷の欠片は姫の居るところまで飛んできた。
「一体なにが…」
 姫は驚きに目を瞠る。
「招かれざる客が来たようです…」
 フォレストは険しい表情で、氷の刃が飛んできた方向、湖面を見据える。
 一瞬にしてその場に増す、禍々しい気配。
 いつの間にか音も無く、氷の色をその身に纏った妖艶な美女が湖面に浮いていた。
「…なんじゃ、この有様は。せっかく妾が干上がらせたというのに」
 さもつまらなそうに言い捨てる。
 今まで遭った魔族達とは全く違う。その圧倒的な存在感、そして飲み込まれそうなほどの魔力。
 聖杯の時にも同じように、尋常でない力がじかに伝わって来たが、それと同じ位の禍々しい波動を感じる。
 姫は口を結び、美しい、しかし禍々しい女性を真っ直ぐに見つめる。
 これが、上位魔族…。
 初めて相対する上位魔族を前に姫は緊張する。
 そして魔力を解放していく。薄紅水晶色のオーラがゆらゆらと煌く。
「猊下、他の方達は非難させた方が良いのでは」
「うむ」
 フォレストの言葉に頷き、法王は僧侶達を下がらせる。
「ほう?茨の刻印を持つ者がいるとはな。…じゃが、所詮は小娘。怖るるに足りんの」
 くすり、と美女は妖艶に微笑む。
「さてさて、どうやって殺してやろうか?都合の良い事に法王まで居るではないか。その身を千千に引き裂いてくれようか?」
 破壊と殺戮こそが魔族の喜びであり本能。今からそれが出来る喜びに、彼女はくつくつと喉を鳴らす。
「……」
 聖地の結界を難なく突破し、聖気に満ちているこの地でも全く行動に制限を受けないとは。
 流石は上位魔族といったところですかね。
 フォレストは静かな殺気を漂わせながら、魔族の様子を伺う。
 氷の色彩を纏った魔族の左手に青白く光る物体が現れる。それはバチバチと電気が弾けるような音を上げる。
 攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。
「猊下、援護をお願いしてもよろしいですか」
「任せなさい」
 フォレストの言葉に、法王は早速呪文を詠唱し始める。
 次いでフォレストも詠唱を始める。
「狂乱の時空より疾く来たれ、紅蓮の炎。破壊の力となりて焼き尽くせ!」
 呪文と共に両手を左右に開くと、ボボボッ! と勢い良く炎の塊が複数、フォレストを中心に出現する。
 その紅蓮の炎は天へ昇る竜の形を纏い、勢い良く氷の魔族へ魔力を迸らせながら一気に差を詰める。
 同時に妖艶な上位魔族も魔法を放つ。無数の氷の鋭利な刃が速度を増し飛んでくる。
「…至高神エルディアの名において、具来せよ。見えざる盾は我らを傷つける事能わず!」
 法王の結界によって、氷の刃は甲高い金属音に似た音を発しながら、容易く跳ね返される。
 一方、フォレストの放った紅蓮の炎を纏った竜は、変則的な動きで氷の魔族に襲い掛かっていく。
 予想し難い動きに、忌々しげに氷を纏った美女は応戦する。
 しかし、すべてを避け、迎え撃つには至らず、白い肩に傷を負う。
 氷と炎の摩擦で、傷口から煙が立ち昇る。
「たかが人間風情が…少しはやるようじゃな」
 氷の魔性は、凍てつく様な笑みを漏らした。



TO BE CONTINUED...
>>NEXT   >>BACK


*「千千(ちぢ)」ってこう書くんですね。知らなかったです。それと呪文考えるのに疲れました・・・。センス無さすぎ(;ω;)


>>TOPへ戻る