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「茨の刻印」・11 |
「良く眠ってますね…」
フォレストは熟睡している姫の顔を、うっとりと覗き込む。
幾ら魔力が尋常ではないとはいえ、その体は紛れも無い少女のもので。当然、器が耐えうる以上の魔力を使えば体に負担がかかる事は明白である。
それほど、あの檻は魔力を大量に費やさねば出来ない魔力封じの最上の物だったのだ。
魔力を自由に操れる敵が相手なら、その魔力を封じるという考えはよほど魔法に長けていなければ本来選択できる物ではない。
そして、その選択は姫に限って間違ったものでもなく。おそらく、それは茨の刻印を持つ者の本能でもあるのだろう。
どうすれば、一番効果があるのかが解っているのだ。誰に教えられる事もなく。
フォレストは姫の髪を優しく撫でる。
あの時、間違いなく自分の名を呼んだのだ。
「貴殿」ではなく「フォレスト」と。
姫が寝返りをうち、顔がこちらを向く。繊細な長い睫毛は伏せられて、可憐な唇は少し開き気味になっている。
ああ、据膳食えるものなら食いたいです…。しかし、相手は姫ですし無粋な真似はしたくないですし。
王家のキスの誓約もありますし。…自分の理性を呪います。
賢者ががっかりした、その時。
「フォレスト…」
おそらく寝言であろう。姫が呟く様に自分の名を口にした。
「……」
ほっぺにちゅー、くらいならしても…いいかなぁ〜なんて。幸い誰も居ませんし、ね。
勝手に納得して、フォレストは上から姫を覆うようにベッドに両腕をつく。二人分の重さに、ぎしっと軋む音がした。
「姫…」
ああ、こんなに無防備な姿を晒して…。
フォレストの深く青い瞳が僅かに熱を帯びて潤んでいる。花の蜜に誘われる蝶のように、姫に顔を近づけていく…。
姫の柔らかな頬にフォレストの唇が触れた。
それは、きめ細かくて吸い付くようにフォレストの唇を受け止める。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
……これ以上触れているとヤバイです。
フォレストはとても名残惜しそうに、姫から顔を引き離す。が、その表情は一瞬にしていつものフォレストの物に戻る。
振り向かずに賢者は言った。
「陛下ともあろうお方が覗き見、ですか?」
「何だ、気付いてたのか」
「まあ、扉を開放しっぱなしな私の所為でもあるのでしょうけど」
言いながらフォレストは乱れたシーツを整える。
「あんたの国じゃ身分違いの恋愛はご法度なんだろうが」
「昔に比べればだいぶ緩くなりましたよ。伝統は大事ですがそればかりでは至らない事もあるのですよ」
「賢者ともあろう者が、真っ先にルール違反してもいいのか?」
「この想いを貫くのに障害となれば違反せざるをえないですね」
王の言葉にフォレストは微笑する。
「俺は姫に正式に婚約を申し込む事も出来るが、どうする?」
「どうする、とは? 貴方が求婚したいのであれば好きになされば良いではないですか」
眉一つ動かさずに言う賢者に、ジェイドはやや驚かされた。
「おいおい、あんた姫の事好きなんじゃないのか?」
「愚問です。これから先何人姫に求婚が来ようが、彼女を幸せに出来るのは私しかいませんからね」
「大した自信だな。からかい甲斐がなくてつまらん」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「俺は当分、后を迎えるなんて出来そうにないからな、安心しろ。姫の安否も確認できたし邪魔者は去るとしよう」
ホント魔族とかどーでもいいのばかりにモテて困るぜ、と苦笑混じりにジェイドはその場を去っていった。
これだけの大国だ。王は王なりに色々と身辺整理が大変なのだろう。いざこざは絶えないであろう事は容易に想像がつく。そんな王の心中を察し、フォレストは小さく呟いた。
「頑張ってください」
ふと、姫が目覚める気配がした。ベッドに目をやると長い睫毛がゆれ、菫色の瞳が開かれた。
「お目覚めですか。気分はどうですか?」
「ああ、悪くない。まだ少しだけ気だるい感じは残っているが」
「では私が忘れさせてあげましょう」
言うが早いか、フォレストは姫の頬に二回目のキスをした。
「………」
姫は絶句し、のろのろと頬に手を持っていく。
今、ここに…キス、した?
「なっ、なっ…」
驚きのあまり言葉にならない。一気に頬が薔薇色に染まり、姫は魚のように口をぱくぱくさせている。
「私は今とーっても機嫌がいいんです」
「は?」
満面の笑みで答える賢者の姿に、姫はますます困惑する。
そもそもフォレストの機嫌と、私にキスすることに何の関係が?
いや、それよりも。この顔の熱さをどうにかして欲しい。
フォレストは嬉しそうに、楽しそうに姫の様子を伺っている。
「みっ、見るな!!」
その青い瞳に見つめられる恥ずかしさに耐え切れず、姫はフォレストに枕を投げつけた。次いで、物凄い勢いで掛け布団を頭の上まですっぽりかぶり、フォレストに背を向けた。
「…っ」
フォレストは枕を抱えて、小刻みに震えながら必死に笑いを堪えるが、その雰囲気が姫に伝わってしまったようで。
「わっ、笑うなっ!」
布団の中からくぐもった声に怒鳴られた。
「申し訳ございませ…っ、あはははははは!」
とうとう耐え切れずフォレストは大声を上げて笑った。
何で、何がそんなに可笑しいというのか!
姫は顔を真っ赤にしたまま、目じりに悔し涙を滲ませる。
私はこんなに恥ずかしくて、ここから逃げ出したいくらいなのに。フォレストは意地悪だ…。
「もう〜姫ったらホント初心で可愛いv」
その賢者のひとことに姫の何かがぷつり、と音を立てて切れた。
そして、姫は城中に響き渡るような大声で叫んだのだった。
「フォレストなんか大っ嫌いだー!!!」