「茨の刻印」・10




「人間如きが気安く身につけるとは何たる侮辱…」
 砂色の美しい魔性の女性は、憎悪に満ちた瞳で姫を睨みつけた。
「ソレは我が魔力の一部。返してもらおう」
 そう言って砂色の魔族はすっと手を前に出した。それと同時に姫が左手にはめていた銀のブレスレットが発光しはじめた。
「やっと見つけた。こんな小娘が持っていたとはな」
「きゃああっ!」
 姫は思わず悲鳴を上げた。
 なんと、ブレスレットにはめ込まれた黄水晶からサソリのような生き物ががゾロゾロと出てきたのだ。
 しかし、それは姫の魔力に触れて次々に砂へ変わっていく。互いの力に相殺されているのだ。
 砂色の魔族は舌打ちする。目の前にあるのに手に入らないとは。
「これは、あいつが吐き出したのと同じモンじゃねーか…。貴様か、俺の民を操ったのは」
 ジェイドの瞳に強い光が宿る。
「とんだ役立たずだったがな。我が魔力を探すついでにお前を消そうと思ったのだが。只でさえ螺旋宮に貢献する邪魔な存在だからな」
「…で?死ぬ準備は出来たのか?」
 ジェイドは剣を身構えて言い放つ。先程より多くの炎に魔剣は包まれている。彼の心を映すように。
 砂色の美しい女性は喉を鳴らして、くつくつと笑った。
「人間如きがこのアリベスを倒すと申すか。愉快なことよ! 出来るならやってみるが良い」
 砂色の魔族は自らの名を名乗った。魔族にとって名とは力であり鎖でもある。ある意味命取りになるであろう自分の真名を明かしたのだ。およそ人に倒されるとは思っていないのだろう。
「後で後悔すんなよ…っ!」
 言うと同時にジェイドは一気にアリベスと名乗った魔族との間合いを詰める。
「姫、大丈夫ですか?」
 フォレストは姫を気遣って言った。
「ああ。こんなもの、アイアリアのに比べたら何でもない。それより、フォレスト。陛下の援護を頼む」
「御意」
 以前とは違う。相変わらず魔族は怖ろしいけれど。
 側にフォレストが居るだけで広がる安堵感。彼が側に居てくれるから私は戦える。
「私はあの魔族を捕縛する…」
 そう言って姫はより慎重に、精神を集中しはじめる。
「そこだ!」
 ジェイドは短い叫びと共に魔剣を突き出す。その軌道が描く先はアリベスの心臓。
 肉を抉る確かな感触がジェイドに伝わる。仕留めた! と思ったその時。
「何っ!?」
 ジェイドは己の目を一瞬疑った。
 アリベスの体は一瞬の内に砂へと変化しその攻撃をかわしていたのだ。眼前では砂がさらさらと流れ落ち、次の瞬間、意志を持ったように無数の先の尖った棒状になり、勢い良くジェイドめがけて襲い掛かる。
 ジェイドはとっさに防御の体勢を取るが間に合わない。
 しまった!
 彼は次に襲ってくるであろう激痛を予想し全身に力を込めた。
「…?」
 しかし、体を貫く痛い感触は伝わってこず。ジェイドが怪訝そうに顔を上げると、忌々しげな魔族の姿があった。
「ちっ、結界とは小癪な真似を」
 そう吐き捨てたアリベスの視線の先には、蒼の賢者の姿があった。
「なるほど、賢者は魔法のエキスパートだったな。ありがたい、これで思う存分戦える」
 王の言葉に賢者はこくりと頷く。
 その間にも姫は只々黙して、しかしアリベスから瞳を逸らさずに集中している。時折、その繊細な指先が僅かに動いている。
 頭の中で檻を思い浮かべる。とても、とても緻密な檻を。細心の注意を払い丁寧すぎるくらいに魔力を紡いでいく。
 中々きついな…。
 姫は額にうっすら汗を浮かべている。より高度な魔法を使うにはかなりの集中力と根気、そして多くの魔力を必要とするのだ。
 その間にもジェイドとアリベスの激しい攻防は続いている。戦況は互角と言ったところだろうか。
 素早く空を切る音を響かせながら、炎の魔剣が唸りを上げる。余波の炎がアリベスを襲うが彼女は巧みに砂を操り防御する。
「ち、埒が明かねーな。こうなったらあいつに出てきてもらうか」
 ジェイドは攻撃を続けながら封印を解く呪文を口にした。次いで魔剣から炎の柱が立ち上り、そこに巨大なトカゲのような姿をした赤熱した生き物が現れた。場は一気に温度を増した。
「サラマンドラだと!?」
 アリベスは思いもしない存在の登場に驚きを隠せない。
 それは炎を身に纏い、全てのものを焼き尽くさんばかりの勢いである。近くにいるだけで肌がじりじりと焼けそうだ。
「久しぶりだね、マスター・ジェイド」
 炎の精霊サラマンドラは主に声をかける。
「てめーも相変わらず燃え盛ってんな、相棒。ま、そういうわけで一つ宜しく頼むぜ」
「いいけど、私の事これからはペットだなんて言わないでもらえるかい?」
「そうだったか?」
 ジェイドは苦笑する。
「くるよ、マスター」
 相棒の言葉に身構えるジェイド。幾つもの砂の塊が高速で回転し、全てを引き裂く真空の刃となり砂煙を巻き上げながらこちらへ飛んでくる。迂闊に触れればその身を切り刻まれるであろう。
 ジェイドは軽く跳躍しそれを避ける。そして避け切れなかった砂の刃をサラマンドラの魔法が迎え撃つ。
 超高温の魔炎で焼かれた砂は瞬時に硝子と化し、ぼとりと砂上に落ちる。
「マスター、砂が相手では少々分が悪いかもしれない」
「…だろうな。ま、やれるだけやってみようぜ」
 言いながらジェイドは反撃を始める。右、左、右…と揺さぶりをかけながら剣を休み無く繰り出す。そして、砂色の魔族アリベスが一瞬よろめいた。
 その一瞬を見逃さず、ジェイドは容赦なく剣を繰り出した。
 右から斜めに剣光がひらめく。
「くう…っ」
 アリベスは一瞬苦渋の表情を浮かべる。自分の片腕が宙に舞っていた。
 どさり、と落ちた腕はサラマンドラの魔炎により硝子と化していた。
「おの…れ、よくも…よくも!」
 アリベスは怒りに体を震わせる。
 たかが人間にここまで傷を負わされるとは! なんたる屈辱。なんたる侮辱。
 魔力のこもった剣で切られたのでなければ、再生出来たものを。
 そして、凪いでいた砂漠に突如物凄い勢いで風が巻き上がる。それはアリベスへ吸い寄せられるように集り、徐々に強さを増していく。それは砂を巻き込み勢いを増し、砂の嵐と化した。
「何おっぱじめる気だ」
 ジェイドは下半身に力を込める。そうしないと吸い込まれそうなほどアリベスを中心とした嵐は凄まじくなっていた。
 フォレストも強風から姫を守るように側に控える。
 そして姫は、未だ魔力を紡ぎ続けていた。
 あと少し…あと少しなのだ。それまでどうか持ちこたえてくれ。
「死ね!」
 呪詛の言葉と共に、砂嵐から何千、何百という砂の針が複雑な軌道を描き三人を襲う。
「させません」
 落ち着いた声で賢者は言い、結界で攻撃を防ぐ。お陰で姫もジェイドも傷一つ負っていない。
 それはいいのだが。
「しかし、このままだと攻撃できねーな…せっかく傷を負わせる事が出来たのに」
 一歩でも結界から出れば、蜂の巣になるのは確実だ。結界の外で降り注ぐ砂の針は一向に止む気配が無い。
「大丈夫です。我々には姫がいますから」
 フォレストは背後から姫の両肩に手を置いて言った。
「…よし、捕らえた。待たせたな」
 姫は少々疲弊した様子で答えた。そして眼前の凄まじい砂嵐を真っ直ぐに見つめる。
 そして凛とした声で砂色の魔族の真名を呼んだ。
「アリベス!」
 魔族にとって真名とは力であり鎖。そして、今それは鎖としての効力を発揮する事となった。
「何っ!?」
 アリベスの驚愕の声と共に、豪雨の如く降り注いでいた砂の針がピタリと止み、砂嵐が一気に弱まっていく。
「くっ、体の自由がきかぬ! なぜ魔力が使えぬっ!」
 気がつけば、自分の周りに無数の糸が絡まりあい緻密な檻の中に捕らえられていた。
 いや、よく見ると糸ではなく、とても細い、砂さえも通さぬほど細い、細い魔力で紡がれた物であった。薄紅水晶色の魔力で紡がれた、とても緻密で半透明の美しい檻…。
 これだけ上質の、いや最上級と言って良いであろう魔物を捕らえる檻を作り上げるには、通常三日ほどかかるのだ。
 しかし、今自分の目の前にいる少女はたったの数刻でこの緻密すぎる檻を作り上げた。
 この娘、何者だ?
 そう思ってアリベスは改めて姫を凝視する。そして、その額に淡く輝く物は…。
「そっ、それは『茨の刻印』! 莫迦な、只の迷信ではなかったのか」
 姫の額には紛れも無く「茨の刻印」が淡い光を放っていた。
 今なら解る。この圧倒的な押しつぶされるほどの莫大な魔力。何故今まで気がつかなかったのか。
 そして、初めて砂色の魔族に恐怖の表情が浮かんだのだった。
 魔族にとって、「茨の刻印」を持つ者と出会うという事は死を意味するのと同じだ。
「陛下、とどめを」
 姫はジェイドを促す。
「おう!」
 ジェイドの返事と共に、サラマンドラがアリベスを魔炎で攻撃する。魔力を封じられたアリベスはみるみる間に皮膚を焼かれていく。すぐに皮膚を通り越し肉へ達する。
「あああああ!!」
 痛い! 痛い! これがサラマンドラの炎なのか。地獄のようなこの苦しみは。
「人間様を甘く見たてめーの負けだな」
 不適な笑みを浮かべ、ジェイドはその一振りをアリベスの心臓へ突き立てた。
 ぎゃああああ! と聞くに耐えない断末魔の叫びが辺りに響き渡った。
 後には、黄水晶色の魔晶石が残っていた。
 そして、パシン、と乾いた音が姫の側で聞こえた。
「あ…」
 左手にはめていたブレスレットの黄水晶が粉々に砕け散ったのである。
「依頼終了、ですね。姫」
 フォレストはいつもの微笑で言った。
「うむ…」
 姫はフォレストに寄りかかった。必要以上に魔力を消費したためか、立っているのが少し辛い。
「少し、疲れた…」
「でしょうね、あんな高等な魔法を使ったんですから。良く途中で投げ出さず頑張りましたね」
「フォレストが側に居たから…な…」
 ああ、駄目だ。思ったより体に力が入らない…。
 ふわりと体が浮遊感に包まれる。
「今度は嫌だなんて言わせませんよ」
 フォレストは姫の嫌いな「お姫様だっこ」をして言った。
「ああ…」
 姫は苦笑しながらも、フォレストにその身を委ねたのだった。
 不思議だな。前はあんなに嫌だったのに…今はそうでもない。
 この腕に包まれていると心地良い安堵感がある。
 その腕の中で、姫が眠りに落ちるのに長い時間はかからなかった。



TO BE CONTINUED...
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*主人公はジェイドさんでなくです(苦笑



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