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「茨の刻印」・4 |
サンクリット大陸の都の中心に位置する、白亜の宮殿。マイティール城。
そのマイティール城の南側に王族の個室がそれぞれあり、姫の部屋はその一番右側に位置している。
その広々とした白亜の一室に、姫と賢者は居た。
応接用のテーブルの上には、淹れたての紅茶とスコーンが置かれている。
フォレストはティーカップから口を離しテーブルの上に置く。
「相変わらずリアフの淹れる紅茶は美味しいですね。スコーンもくるみの風味がしていいですね〜」
「あ、蒼の賢者様に褒めて戴けるなんて、こここ光栄ですー」
少し離れたところで控えていたリアフはどもりながら応答した。
心なしか、冷や汗が浮かんでいるように見える。笑顔もどことなくぎこちない。
それどころか、先ほどから落ち着かないらしく、そわそわしっぱなしである。
「顔色が優れませんね、どうかしましたか?」
フォレストはリアフに微笑して尋ねる。
「いえ、その…わ、私まだ仕事が残ってますので失礼します…っ」
彼女にとって、これ以上この場に留まる事はもう限界であった。
この部屋へ入ってからずっと、空気が肌で感じ取れるほどジリジリと痛いのだ。
無理も無い。
いつもほとんど表情を崩す事のない姫が、常に自分の感情を制しているようなあの姫が。
今まで見たことも無いような険しい表情で目の前の賢者を睨んでいるのだ。
解りやすく言えば、浮気を見つかった夫を責めるような妻の表情とでもいおうか。
今、姫と目が会えば石になりそうな気がする。
そういうわけで、必死に無難な言葉を取り繕うと、リアフは逃げるように姫の部屋を出て行った。
「おやおや、出て行ってしまった」
再び紅茶をすするフォレスト。
「姫も早く飲まないと冷めちゃいますよ」
賢者はそんな姫を目前にしていても、いつもと変わらない。
午後の優雅なティータイムを満喫していた。
「……」
「姫、いい加減に機嫌直した方がいいですよ?怒ってる状態は体にも良くないですし」
「…誰の、所為だと…」
まだ怒りが治まらないのか、唸るような声で姫は言った。
これ以上口を聞くと怒りがぶり返してきそうで、姫は再び口を噤む。
フォレストは立ち上がり、部屋の窓を全開にする。
そよそよと心地よい風が室内に充満してくる。
「ん〜いい天気ですね〜。このまま昼寝してしまいそうです」
窓の外には新緑が咲き誇っている。
姫もつられるように窓の外に目をやる。
ちょうどその時、窓から一羽の小鳥が入ってきた。
小鳥は姫の肩の上に止まると、無垢な瞳で姫を見つめてきた。
「シルフィ…」
小鳥はくちばしに赤い木の実を咥えていた。
シルフィと呼ばれた小鳥は巣から一羽だけ落ちていたのを、雛の頃から姫が拾い育ててきたものだった。
一人前になった頃に、外へ放したのだが戻ってきてしまい、今では半野生生活を送っているのである。
「私にくれるのか?」
小鳥は肯定するようにその場で軽く跳ねた。
差し出された姫の手のひらへ、ぽとり、と木の実を落とす。
「ありがとう」
姫は微笑んで、小鳥の頭を優しくなでてやる。小鳥は満足そうに瞳を閉じてじっとしている。
不思議と先ほどまでの怒りは無くなっていた。
姫は立ち上がると、窓際に立っているフォレストの側へ行く。
「…その…すまなかった」
自分とて好きであんなに怒っていたわけではない。
「いいんですよ。小鳥に出来る事が私に出来なかったのは癪に障りますが」
フォレストはいつもと変わらない笑みを浮かべる。
「元はと言えば貴殿が悪いのだ。私の事を子供扱いして、ずっと放さないから…」
螺旋宮で転移魔方陣から出た後、螺旋宮を後にするまでずっと抱かれたままだったのだ。
お陰で螺旋宮の大多数の人間にお姫様抱っこを見られてしまったわけで。
人生で最大級の恥ずかしい思いを味わったわけで。
「子供扱いされたと思って怒ってたんですか?」
フォレストは少し驚いた表情で聞き返してきた。
「他に何があるというんだ。歩けるような状態になっても放さないで、あんなの子供だと思って馬鹿にされてるとしか思えないではないか」
「子供扱いしたつもりはなかったのですが。申し訳ありませんでした」
「い、いや…それなら良いのだが」
あっさり謝られると返って落ち着かない。
「だったら何故、ずっと放さなかったのだ?」
姫の問いに、賢者は瞳を細め、慈しむように姫を見返して言った。
「それは秘密です」
「こんなに人を怒らせておいてそれはなかろう」
「話したら姫に嫌われそうなので言えません」
これ以上の追求はお断りですと、フォレストは笑顔で否定した。
「むぅ」
「お口直しに紅茶でもいかがですか?少し冷めてしまいましたが」
「うむ」
テーブルに置いたままの、少し冷えた紅茶を口に含むと少し苦い味がした。
自分の今の心境を表しているようだ。
「…貴殿の考えてる事はまったく解らぬ…」
「まあ、無難なところで言うと一つは虫除け対策ですかね」
「は?虫?」
「綺麗な花には虫がつきやすいのですよ」
「よく解らないが、虫がつくなら駆除すればいいだけの事だろう?」
「ええ。陛下とも約束しましたしね。簡単には近づけさせませんよ」
フォレストはにっこりと微笑んだ。
「そうか」
何故、ここで花と害虫の話になるのだろう。
やっぱりフォレストの考えてる事は良く解らないと、姫はスコーンをかじりながらぼんやりと思ったのだった。
「さて。姫のご機嫌も治った事ですし、これで本題に入れます」
「ん?」
「無事に魔狩人へなれたという事で、既に仕事を請け負っておきました」
「なっ、いつのまに!?」
まったくソツのない賢者だ。あの状況でいつ依頼を受理してきたというのか。
「まあ、姫の魔力を持ってすれば赤子の手を捻るようなものですが、準備運動には最適かと」
「ほう、どんな内容なのだ?」
「アイアリアはご存知ですか?」
「うむ。鉄の生産地の一つだったな、確か。最近は生産数が落ち込んでいるようだが…」
「ええ。発掘元だった炭坑に魔族が棲みついてるらしく、それが生産数の減少にも繋がっているかと思われます。おそらく鉄をエネルギー源とする魔族の仕業でしょう。依頼内容は、その魔族の一掃です」
「一掃って、数が多いのか?」
「おそらく。でも下位魔族ですから問題ありません。現地の方も今のところ死傷者は出ていないようです」
「なるほど。それでいつ行けば良いのだ?」
「三日後を予定しております。姫のご都合が悪くなければ、ですが」
「うむ。特に予定は入ってないから大丈夫だ」
そう言うと、姫は先ほどから自分の傍らでスコーンを見つめている小さな存在に、小さく千切ったそれを分け与えてやった。