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「茨の刻印」・3 |
フォルゼンの案内で二人は試験会場に案内された。
部屋の真ん中に円形の闘技場があり、そこから少し距離を置いて観覧席がある。
コロシアムの縮小版と言ったところだろうか。
「此処へ訪れたものはまず実力を見るために下位魔族と戦ってもらうことになっている。その戦いぶりから、その者をどの階級に位置づけるかを決めるのだ」
フォルゼンは淡々と説明を続ける。
「どんな手段を使っても構わない。要は魔族を倒しさえすればそれで良い。時に姫は丸腰で戦うのか?」
「私は魔法使いだからな」
「左様か。万が一危険が迫ろうと命を落とす事はないから安心するが良い。闘技場の四隅にいる者達がすぐに応戦する。彼らは現役の魔狩人、心おきなく戦えるだろう」
「承知した。そろそろ始めてもらっても良いか?」
「勇ましい事だ」
フォルゼンは苦笑した。
「では、試験を始めよ!」
フォルゼンの言葉と共に、姫の前方にあった鉄格子の扉があがり…異形の者が姿を現す。
それは濁った赤い目を不気味に光らせていた。全身は褐色で子供くらいの大きさである。
手足は奇妙な形に変形しており直視したくない形状をしている。
全てにおいて奇妙で嫌悪感をかきたてる。その醜悪な生き物が3体。
ギィギィとしゃがれた声を上げて、自分の前方に立っている姫を見つけると、獲物と判断したのかじわじわと歩み寄る。
その時。
いきなりその場の空気が変わった。いや、圧倒されたと言う方が正しいのだろう。
その厳かな気配は姫を中心に発している。
「姫が魔力を解放したのですよ、その証拠に、ほら…」
とフォレストは姫の額を指し示す。
姫の額には淡く輝く刻印のようなものが浮かんでいる。それは茨をかたどった物であった。
芸術的なほんのり光輝く刻印。
「あれが噂に聞く『茨の刻印』か…。それにしても、肌まで伝わってくるほどの魔力とは…信じられん」
フォルゼンは軽い衝撃を受けていた。ここまで凄まじい物だとは思いもしなかったからだ。
「『茨の刻印』を受けし者は神の祝福を受けし者。この世の闇を払う光の御子…」
フォレストは姫をうっとりと見つめて語る。
「しかしその力は強大すぎるゆえに、姫には私が不可欠なのです」
「何故だ」
フォルゼンの問いにフォレストはいつもの笑顔で答える。
「姫はまだ力の制御が不完全なのです。そして、『茨の刻印』の力もまた、完全ではないのですよ」
「どういうことだ?」
「簡単な事ですよ。力が強大すぎる故に、一切の防御・回復魔法が使えないのです。私がいるので何も問題はありませんが」
「なるほど。ところで先ほどから、姫は解るとして下位魔族まで動きが止まっているのは何故だ?」
「姫の魔力が結界の働きをしているのでしょう。下位魔族では姫に触れる事さえ出来ません」
「なんと…」
姫から発せられる圧倒的な魔力。
それはオーラのように揺らめいて淡い紅水晶のような色彩を纏いほんのりと光を放っている。
粉雪のように魔力の欠片が舞い幻想的で美しい光景を作り出している。
それが陽炎のようにゆらりと大きく揺らいだ瞬間。
瞬きの間に、紋章のような魔方陣が3つ出現していた。
それらは、すぐさま3体の下位魔族の方へ飛んで行き、彼らを取り囲んだ。
その瞬間、彼らの形相は苦しみへと変貌を遂げる。しゃがれた声が耳障りなくらい辺りに響く。
姫は一呼吸置くと、短く言い放った。
「消えよ」
その言葉と同時に闘技場全体を多い尽くす閃光が魔方陣から放たれた。
その場に居た者達は、一様に眩しすぎる光から目を覆う。
光は一瞬で消え、各々が目を覆っていた腕をおろし、姫と魔族に目をやると…。
そこに居たはずの魔族は跡形も無く消えうせ、代わりに小石のようなものが3つ転がっていた。
姫は先ほどと変わらず、そこに佇んでいる。
その場にいるフォレストを除く全てのものが、この光景に絶句した。
姫は、指先一つはおろか、眉一つ動かさずに魔族を倒したのである。しかも一瞬で。
魔法使いだというのに、呪文も唱えず、媒介も必要とせずに、だ。
この世界の全ての魔法は、呪文や魔力のこもった品を媒介に発動する。
どんなに高位の魔法使いでもそれは変わらないのである。
「姫の魔力はこの世の理に縛られない。狐につままれた様な心境でしょうが、これが事実です」
フォレストは微笑した。そして姫に言葉をかける。
「姫、そこに転がっている魔晶石を持ってきてください」
「わかった」
フォレストに言われるままに、姫は石を3つ広いフォレストの立っている所までやってきた。
彼に石を渡しながら姫は尋ねた。
「この石がどうかしたのか?」
「ああ、姫はまだご存知なかったのですね。これがよく言う魔晶石ですよ。魔法の品や呪文の媒介になります」
「これが…。今まで只の石ころだと思って拾ってなかったのが悔やまれるな。店で売られているものとは全く色艶が違うのだな」
「用途ごとに加工されて店にでますからね」
「恐れ入った…」
と、フォルゼンが苦笑しながら姫に告げた。
「試験は合格だ。螺旋宮の一員である証を与えたい。先ほどの部屋へ戻る」
言い終わらない内にフォルゼンは踵を返す。そこから、フォレスト、姫と続く。
再び移動魔法陣で最初にフォルゼンと会った一室へ戻ってきた。
フォルゼンは机の引き出しから豪華な装飾の小箱を取り出し、そこから金色に輝く物を取り出す。
「姫、これを。螺旋宮の一員である証だ」
姫は金色の証を受け取る。それは翼をモチーフにした襟章であった。
しかし、姫はいまいち色が気に入らなかった。
「申し訳ないが、銀色とかはないのか?」
その後ろで、ぷっ、と吹き出すフォレスト。
「姫、その襟章は最高位の魔狩人だけに与えられる、非常に名誉ある物なのですよ。ここはありがたくお受けするべきかと」
フォレストがくすくす笑いながら説明した。
「そ、そうか。これはとんだ失礼を。ありがたく戴く」
表情は無表情のままだったが、姫の頬はほんのり赤く染まっている。
「しかし、いきなり金位とは驚きましたね」
フォレストの言葉にフォルゼンは苦笑混じりに言った。
「あんなものを見せられては、な…」
螺旋宮の統括者にこれほどの言葉を紡がせた者は、後にも先にも姫以外に存在しない。
「これからも末永く宜しく頼む。魔族に苦しめられる者達が救われる為に」
フォルゼンは姫に右手を差し出した。
「こちらこそ宜しく頼む」
姫は彼の手を取り微笑んだ。…もっとも本人は満面の笑みのつもりでいるらしいが。
「今日のところは、他にするべきことは特に無い。いきなりの試験ご苦労だった。体を休めると良い」
「では、戻りましょうか、姫」
「うむ」
フォレストと共に姫は部屋を後にした。
一歩二歩三歩、そして四歩目を踏み出そうとして姫はバランスを崩した。
「あ?」
タイミングよくフォレストが支えてくる。
「す、すまない」
自力で立ち上がろうとしたが、足が思うように動かない。姫はフォレストにしがみつく格好になった。
「まぁ!まぁ!姫ってば可愛らし〜いv」
フォレストが茶化して言った。それが癪に触った姫は、強引にフォレストの腕から離れた。
その途端、床にふにゃりとへたり込む形となる。
「……むぅ。魔力を使いすぎたのだろうか。たったあれだけで…」
「違いますよ。おそらく緊張が解けて体の力が抜けただけです」
フォレストはくすくすと笑っている。
「何が可笑しい!」
「まあ、無理もありませんね。最初の扉をくぐる時固まって動けなかった位ですし。可愛かったなぁ〜」
「!!貴殿のそういうところは嫌いだっ。とっとと先に行ったらどうなんだ」
姫は顔面をトマトのように真っ赤にして怒っている。フォレストにとっては逆効果でしかないのだが。
「行ってもいいんですか?そしたら、ここを通りかかった人に見つかって恥ずかしい思いしちゃいますよねぇ。一国の王女がこんなところにへたり込んで何やってるんでしょうねぇ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるフォレスト。
「うー…」
王女として国の品位を落とすような事態だけは避けたいのだが…。
「…お願い、されてあげないこともないですよ?」
フォレストは姫の正面に膝をつく。
「お願い?」
「そう、お願い。『だっこしてv』って可愛く言えたら手をかしてあげます」
「なっ!」
なんなのだ、この人は。人が困っているのにそれを楽しむようなこの態度は。これが賢者のとる行動なのか!?
「さあさあ」
早く言えといわんばかりに急かされる。
そして、姫の怒りは頂点に達した。
「もういい…っ!こんな恥ずかしい真似をするくらいなら、笑い者になった方がましだ!」
フォレストは短いため息をついた。
「まったく強情なんですから。『だっこしてv』って言うだけじゃないですか」
「貴殿などもう知らぬ!」
ぷいっと姫はそっぽを向いてしまった。
しかし、次の瞬間ふわりと体が持ち上がり、浮遊感に包まれた。
「姫なだけに、お姫様抱っこ」
「え、あの…」
姫はフォレストに抱きかかえられていた。
「私が貴方を置いていくはずがないでしょう」
言いながらフォレストは転移用の魔方陣へ向かっていく。
「フォレスト…」
さっきまでとても腹が立っていたのだけど。不思議と怒りは治まっていった。
「それと、このまま魔法陣で移動すると公衆の面前で、お姫様抱っこ見られちゃいますね♪」
「えっ、あっ!降りる、降ろしてくれっ」
そんな恥ずかしい事絶対に嫌だ。怪我もしてないのにお姫様抱っこなんて!
「もう間に合いませーん♪」
フォレストはいたずらっぽい笑みを浮かべ魔方陣に飛び乗った。
姫の絶叫と共に二人の姿はその場から消えたのだった。