「茨の刻印」・2


「なんて…大きい……」
 姫は素直に、その巨大な塔のような建物…螺旋宮の偉大さに感嘆の声を漏らした。
 城に住み慣れている姫でさえ、そう思わずにはいられないほどの巨大さだ。
 さながらバベルの塔の再来かと思えるほどに。
「姫、こちらです」
 前方から促すようにフォレストが呼んだ。
 そして、姫は螺旋宮への一歩を踏み出す。後に「茨姫」と呼ばれ、有史に残る事になる魔狩人の誕生の瞬間でもあった。
 蔦のような豪華な装飾が施された白亜の門をくぐると、長い通路が緩く弧を描き続いている。
 通路は大聖堂に良くあるつくりと同じような構造をしている。同じ景色がひたすら続く。
 ふと、姫は気づいた。
 前を歩く賢者が一筋の迷いも泣く通路を歩いている事に。
「貴殿は、以前ここに来た事があるのか?」
「ええ。古い知り合いがいるんです。腐れ縁と言った方がいいかもしれません」
 いつものように笑顔で答えるフォレスト。
「そうか」
「でも、私の方が良い男ですから彼に惚れちゃだめですよ?」
「は?」
 思わず声が裏返りかけたじゃないか。
「鳩が豆鉄砲食らったような顔してましたよ、今」
 くすくすとフォレストは笑っている。
 暫く行くと、前方に白い扉が見えてきた。
「この扉をくぐれば、いよいよ螺旋宮内部です。準備はいいですか?」
 こくり、と頷く姫。
 ガチャリと扉の取っ手を回し、落ち着いた動作でフォレストが扉を開けた。

「…っ」
 真っ先にぴんと張り詰めた空気が姫を躊躇させる。
 空気が、違う。
 今、自分の眼前にいる人達は皆普通に語り合ったりしているだけなのに。
 彼らの持っている雰囲気…オーラとでもいおうか、それには微塵の隙も感じられない。
 常に危地に身を置いているものが自然と身につけるものなのだろうか。
 自然と心拍数が上がっていく。
 姫は完全にその場の雰囲気に飲まれていた。
 たった一歩が踏み出せない。
 もしかして自分はとても場違いなところへ来てしまったのではないか。
 自分が魔狩人になるという考えは甘かったのではないか。
 けれど…決めたのだ。自分なりに一生懸命悩んででた結果なのだ。後に引くつもりはない。
 菫色の瞳に強い信念の色を浮かべ姫は前方を見据える。
 けれど。
 ああ、けれど。
 どうしても足が動かないのだ。何故自分の体なのに思うように動かない。
 そんな姫の不安と焦りと緊張を解き放ったのは、背後に佇む蒼の賢者だった。
「大丈夫ですよ」
 そう言って優しく姫の背中を押す。
「まずは最上階へ行きましょう」
「わ、解った」
 フォレストは何の躊躇もなく、広い一室の一角へ突き進んでいく。
 床には魔方陣らしきものが記されている。
「この転移魔方陣から直接、最上階へ行けます。さ、どうぞ」
 差し出された手を取り姫も魔方陣へ移動する。
 淡い光に包まれたと思ったら、既に目的地へ着いていた。
 辺りに人影はなく静寂に包まれている。
 淡いグリーンと白を貴重にした落ち着いた一室である。
 通路の置くに蔦のような装飾の施された扉があり、フォレストが扉を開け部屋に入る。姫もそれに続いて入室する。
 室内にはお客用の長椅子とテーブル、その奥にもう一つ個人用と思われるアンティーク調のテーブルが配置されている。
 そのテーブルの先に背中を向けられた椅子があり、一人の男性が扉とは別方向、つまり窓側を見て座している。
 カーテンを全開にされた窓からは、日の光がいっぱいにさしこみ室内を明るく彩っている。
「お久しぶりですね」
 フォレストが背を向けた人物に語りかけた。
「ああ、君も相変わらずのようだが。入る時はノックくらいしたらどうだ?」
 男性は響きの良い低い声で言った。
「貴方には不要だと思いましたので、フォルゼン」
「……」
 姫は訳が解らないので二人のやり取りを黙って聞いている。
「どうせ透視能力で視ていたんでしょうから」
「失敬な。視えてしまう物は仕方がないだろう」
 言い終わるが早いか、くるりとこちらに向きを変える。
 年は20代半ばと言った所だろうか。フォレストよりやや精悍な顔立ちをしている。
 意外なことに瞳は布で両目とも覆われている。
 肩よりもう少し伸びた髪は紺色で真っ直ぐに伸び、乳白色の生地に金色の刺繍入りの服が髪の色を引き立てている。
「姫、こちらが螺旋宮の統括者であるフォルゼンです」
「初めてお目にかかる、フォルゼン殿。この度は私を螺旋宮の一員として加えていただき感謝する」
「礼には及ばぬ。こちらとて日々類稀な能力あるものを探し続けている。我々はそなたを歓迎しよう」
 フォルゼンは姫をまじまじと見つめる。
「なにか?」
「魔狩人に志願してくるから、どんな姫かと思えば。戦場より花園が似合いそうなお嬢さんだな」
「そうでしょうとも。なんと言っても私の姫ですから」
「私は貴殿の物ではない」
 姫は至極真面目に答えた。
「そんな照れなくてもいいんですよ」
「照れてない」
「後で覚えてなさい、姫」
 フォレストは少しいじけてしまったようだ。
「何を言っているのかさっぱり解らぬ」
 此処へ来るまでは今までにないくらい頼りがいがあると思っていたのに。
 今のフォレストは拗ねた子供と同じではないか。
「さて…ではさっそくで申し訳ないが簡単な試験を受けていただく」
「試験?」
「左様。稀有な能力があるだけでなれるほど魔狩人はたやすいものではない」
「ええ」
 姫は深く頷いた。
「それで、試験とはどのような事をするのだ?」
「魔族と戦っていただく。基本的な能力をみるだけでたいしたものではない。
 万が一の場合に備えて、援護用の魔狩人が数名配置されているから絶命の心配は無いと思うが」
「魔族と…」
「手を引くなら今のうちだが、いかがなさるか」
 姫は一瞬考えて、すぐに答えは決まった。
 いつものように真っ直ぐな瞳でフォルゼンを見据え、姫は断言した。
「ここで引き返すわけにはいかない。その試験受けさせていただく」



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