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「茨の刻印」・1




「どうしました、浮かない顔して」
 背後から耳に心地よい男性の声がした。
 しかし、その声の主こそ、姫…ティナローザに浮かない顔をさせている張本人の声でもある。
「別にどうもしない」
 ほとんど感情のこもらない声で返答する。
「何か悩み事でもあるんですか?私でよければ相談にのりますよ」
「結構」
「姫もお年頃ですからねぇ、好きな人でも出来ましたか?」
「貴殿には関係のないことだ。少し静かにしていてくれないか、フォレスト」
 魔族討伐組織、通称「螺旋宮」に行くという事で、早朝から彼に起こされた。
 それはまだ良いとして。問題はその移動手段である。
 空を飛んだほうが速いという事で、フォレストの使い魔のグリフォンで行く事になったわけだが…。
 姫自身にはグリフォンを操れないので、当然フォレストが手綱を取ることになるわけで。
 密着せざるを得ない状況になってしまったわけで。
 それが姫に浮かない表情をさせている原因だったりするのだ。
 昨日の「椅子事件」ですっかり彼が苦手になってしまった姫にとって、空という逃げ場のない場所で二人きりになるのはとても気分が重くなることだった。
 陸路で移動用の騎獣を2匹調達して行けばよいのではという意見は、あっさり却下された。
 ゴロツキなどにばったり出くわさないとも限りませんから、と尤もな事を言われてはそれ以上反論は出来なかった。
 そうでなくとも、蒼の賢者と言われるだけあって口では彼に勝てないのだ。
「申し訳ありません。姫と二人きりになれたのが嬉しかったものですから」
「……」
「このままどこか遠くへ連れ去るというのも良いですね〜」
「なっ!」
 爽やかな笑顔でさらりと危ない事をいう賢者に姫は狼狽した。
「ご安心を。半分ほど冗談ですから」
「………」
 何故こんな危険思想を持った人間が賢者なのか。しかも何だ、半分ほどって。
 今すぐ突き落としたい衝動を抑え、姫は一つ決断を下した。
 これ以上彼の相手をするのは疲れる。
 だから、暫くの間彼を無視することにした。
 まだ何か話し続けているようだが、無視だ無視。徹底的に。
 前方を見渡せば、視界を遮る物は何もなく。只々青空がどこまでも、どこまでも続いている。
 どことなくフォレストの瞳に似ている、と思った。どこまでも高く深く青い。
 自分がとても小さな存在に思えてくる。だがそれが嫌というわけでもなく。
 自分の全てを肯定し受け止めてくれているような…そんな気さえしてくるから不思議だ。
 と、感傷に浸っていたその時。
「ひあっ!」
 耳の辺りが一瞬チクリとし、姫は悲鳴に似た声をあげた。
「な、な、な…」
 耳朶を噛まれたのである。真っ赤になって背後の人物を見上げる。
 そこには、したたかな笑みを浮かべた賢者の顔があった。
 言外に私を無視した罰ですと言っているようだ。
「感度良好と。まあ、それはさておき。まもなく螺旋宮に着きますよ」
「無視したのは私が悪かったが、もう少しましな接し方は…」
 姫が睨むと賢者は意地悪い笑みを浮かべて言った。
「あいにく両手がふさがっておりまして」
 と、手綱を持つ手を誇張する。
「うう…」
 だから嫌だったんだ。相乗りなんて。
 何故フォレストは自分がいたたまれないような事ばかりするのだろう。
 こんなみじめなのは嫌だ。どうしてこんな思いをしなくてはならないのだ。
 自分に対してこんな無礼をするのは、後にも先にも彼だけだ。
 …苦手だ。苦手だ。苦手だっ!
 こういう時自分はどういう態度をとっていいのかまるきり解らなくなる。
「ほら、見えてきましたよ姫」
 フォレストの言葉に促され、前方に目をやると砂漠の中に螺旋状の巨大な塔があった。
 下から螺旋状にぐるぐると上へ伸びる建造物。
 その形状に因み、「螺旋宮」と呼ばれている。魔族討伐組織である。
「降りますよ」
 フォレストの巧みな手綱捌きで、ゆっくりと高度を落としながらグリフォンは砂上に降り立つ。
 フォレストが先に降り、姫が降りるのを手助けする。
 二人を迎えるように装飾豊かな白亜の門が開かれている。

「ここが…『螺旋宮』」



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