「茨の刻印」・序




 ――――――――茨の刻印



 それは、ある日何の前触れもなく、突然に現れる。
 そして、王国第17代目の王女、ティナローザに、その稀有な徴が現れたのだった。


「フォレスト…」
 姫は困惑の色を菫色の瞳に浮かべて目の前の青年の名を呼んだ。
「いかがいたしました?姫」
 フォレストと呼ばれた青年は微笑んで聞き返す。
 青みがかった光沢のある品の良い上衣とその下から銀色の長衣をさらりと着こなしている。
 銀色の髪と青い双眸が青年の整った顔を必要以上に美しく見せている。
 外見だけなら一国の王族とも引けをとらないであろう美貌だ。
「貴殿が腰掛けているのは…私の席なのだが…」
 ここは姫の個室であり、部屋の主は他でもない姫なのだ。品の良い、しかし必要以上に豪奢ではない
 調度品の数々は手入れが行き届き、現在も埃一つかぶっていない。
 白亜を貴重にした落ち着いた部屋である。
「ああ、これは失礼致しました。姫も座りたかったのですね」
 青年、フォレストは少しも悪びれた様子もなくあっけらかんと言い放つ。
「どうぞ、いらっしゃい」
 そう言って両手を姫に広げたのである。
「いや、あの…?」
 姫には全く訳がわからない。フォレストは一体何をどうしたいのか。
「私の膝の上へどうぞv」
 満面の笑みで、外見からはおおよそ予想できない言葉を、彼は紡いだ。
 姫は思わず絶句し、身じろいだ。
 膝辺りまで伸びた、美しく青紫がかった癖のないまっすぐな髪が大きく波打った。
 姫は暫く沈黙した後、一言。
「き、急用を思い出したので、出かけてくる!」
 言うが早いか踵を返し扉の方へ向かう。
「それは残念です」
 少しも残念そうでなく、笑みを浮かべるフォレスト。姫がその表情を見ていたなら悪魔の笑みに見えたことであろう。
 パタン、と扉のしまる音がした。
 部屋に一人残されたフォレストは楽しそうに一言つぶやいた。
「茨の刻印を持つ者とはいえ、17歳の少女にはちがいない。可愛いものだ」
 新しい玩具を得た子供のように彼の瞳には嬉々とした色が浮かんでいた。

*          *          *


 姫はわき目も振らず城内の通路をつかつかと靴音を響かせて足早に歩いていた。
 全く何を考えているのだフォレストは。
 何をどうすればあの状況でああいった態度をとれるのか。
 賢者だか何だか知らないが、彼の思考回路は私には理解できない。
 困惑と畏怖に似た気持ちが混ざり合い複雑な心境に陥ってしまった姫であった。
「姫様」
 若い女性の柔らかな声に呼び止められた。
「リアフ」
 振り返って自分付きの侍女の名を口にする。
 メイド服に身を包んだ彼女はとても愛らしく見えた。知らず表情が緩くなる。
「先日頼んでおいた物が仕上がりましたわ」
「そうか、ありがとう」
「私、姫様が17の誕生日を機に魔族討伐組織に加わるって聞いたときにはびっくりしましたわ」
「茨の刻印が現れた時から決めていたのだ。この力が役に立つなら私は危地にも赴こうと」
「陛下の反発は凄かったですけどね。跡継ぎは姫様しかいらっしゃいませんし。でも、蒼の賢者様がお付になるという条件で承諾して頂いて」
「…私は、一人でも良かった…只でさえ刻印の力を持っているのに、姫というだけで私だけが特別扱いされるのは心外だ。それに…」
 と、言いかけて姫は口を噤んだ。これではまるで愚痴を言っているだけではないか。
「そのような事をおっしゃってはいけませんわ。蒼の賢者様がいらっしゃれば私達も心強いですもの」
「そう、だな…」
 姫は苦笑した。
 百人の兵士よりも蒼の賢者一人がついているという事実だけで、人々の心を安心させる。
 それほど、蒼の賢者とはこの国の者達から絶大な信頼を得ているのだ。
 しかし、姫にとって彼は苦手な部類に属する人種であった。
 その上ついさっき苦い思いをしてきたばかりである。
 噂に聞いていた賢者は、品行方正で慈愛に満ちた人物であったから、姫もそこまで不安はなかったのだ。
 実際、本人を目の前にするまでは。
 前途多難な未来が想像に難くなく……姫は、心の中で深い、深いため息を一つ吐いた。



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改めて読み返すと、誤字が多くて凹みます(苦笑




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