〜チョコの代償〜
最近、やけに辺りから甘い香りが漂ってくると思っていたら、なるほど。
そういえば明日は恋聖祭なのだな。
恋聖祭はこの国イルアーナ独自のものだ。なんでもこの国の建国王が后を選ぶ時に、后候補の女性達がそれぞれ自分をアピールする為に、様々な事をした。
候補者の女性達のほぼ全員が豪華な贈り物や、着飾って歌や踊りを披露したり、一流のシェフに作らせた料理を贈呈する中、ただ一人自らの手作りチョコを持ってきた后候補が居た。特に贅を尽くした物でもないどこにでもあるような代物であったが、建国王はその心のこもった贈り物に暖かなものを感じ、手作りチョコを贈ってきた后候補を正妻として迎えたのだった。
この出来事が後の世に、恋する異性にチョコを贈ると想いが伝わるという恋聖祭として伝わっていったのである。
城の厨房の辺りを通り過ぎようとした時、魅惑的な甘い香りが姫の鼻腔をくすぐる。
姫はその香りに誘われるように、通り過ぎた廊下を戻り厨房へと足を運ぶ。
休日だというのに、厨房の中は大勢の女性達で賑わっていた。皆、自分の想い人の為に捧げる手作りチョコを作りに来ているのだ。
恋聖祭前日というだけあってかなりの人数だ。
愛を大事にする国の特色なのか、こういう催事の時は無料で市民に厨房が開放されるのだ。
「あっ! 姫様!」
厨房内を散策していると何処からともなく声がかかる。
「えっ? あら、姫様もチョコを作りにいらっしゃったんですか?」
「こっちが空いてますよ! 早く早く! すぐに埋まっちゃいますから!」
世話好きそうな娘達に、あれよあれよという間にチョコ作りに巻き込まれていく姫。
娘達はとても楽しそうに姫を招き入れ、一緒にチョコを作っていく。
半強制的に作る羽目になってしまったな。
姫は心の中で苦笑しつつも、招いてくれた娘達に感謝した。一度手作りチョコという物を作ってみたかったからだ。
姫とて恋する一人の乙女。好きな異性に愛情のこもった物を送りたいのである。
「ありがとう。でも私はやり方を知らないんだ。教えてもらえるかな?」
「私でよければ喜んで! 姫様に指導できるなんて滅多に無いですし!」
どこかで見た顔だと思えば、侍女のリアフだった。
「リアフに想い人が居たとは知らなかったな」
「あら、私だって恋する乙女ですもの」
そう言って満面の笑みを浮べたリアフが、姫にはとても輝いて見えた。
「で、姫様は何が作りたいですか?」
「そうだな…トリュフとか、出来るかな?」
「うふふ。六つの時から十数年手作りチョコを作ってきた私にとっては、朝飯前ですわ! 大船に乗ったつもりで任せてください」
「うむ、期待している」
そうして二人はくすくすと笑いあった。
姫はリアフの指示に従い、あらかじめ刻んであったチョコをボウルに入れ、沸騰直前まで温めた生クリームを加え一気に泡立て器で混ぜる。
「なめらかなクリーム状になりました? 次はラム酒を少々加えて混ぜ合わせて…時々かき混ぜながら絞れるくらいの固さになるまで冷ましてくださいね」
暫く冷やすと、ややもったりとした質感に変わってくる。
次に、紙を敷いたまな板の上に、口金をつけた絞り袋に入れて棒状に太さを均一に絞リだし、半時ほど冷やす。
冷えたチョコを、温めた包丁の熱で溶かし切るように一口大に形をそろえて切る。
そしてそのチョコ(ガナッシュというらしい)を、溶けない様に冷やした手で団子状に丸める。
コーティング用のチョコを刻み、ボウルに入れ湯せんで溶かし、丸めたガナッシュを掌で転がして溶かしたチョコでコーティングする。
後はコーティングしたガナッシュにココアをまぶしつけて完成だ。
「初めてなのにうまく出来ましたね〜! ガナッシュで失敗する子達もけっこういるんですよ」
「そうなのか?」
「手を冷やしながら丸めるのと、生クリームの量がポイントですね♪」
「なるほど、それで必要以上に柔らかくなりすぎずにうまく丸められたのか」
「後は綺麗にラッピングするだけですわね。姫様の想い人に気持ちが届くと良いですね」
「…リアフの方こそな」
実は姫は既に相思相愛であるが、それは当人達だけの秘密。
「ええ!」
力強くリアフは頷いて見せた。
◇◇ ・・・・ ◇◇ ・・・・ ◇◇ ・・・・ ◇◇ ・・・・ ◇◇ ・・・・ ◇◇
姫は枕元に置いたチョコの入った包みをぼんやりと眺めつつ、ベッドに横になっていた。
月は既に中天を越えようとしていた。
勢いで作ってしまったけれど、フォレストはトリュフは好きなのだろうか?
「ありがとうございます、でも私甘いもの苦手なんです」
とか、笑顔で言われたらちょっと哀しいかもしれない。あるいは。
「このトリュフ、ところどころ粒になってますけど、きちんと混ぜ合わせました? ラム酒の量が微妙で―――云々」
などと細かいツッコミをいれられたらどうしよう!?
フォレストは物知りだからなぁ…。
「こんなものトリュフじゃありません!」
とか言って捨てられたりして……。
姫はどんどん悪い方へ偏っていく思考を一掃しようと、頭を左右に振った。
そして再び枕元のトリュフの入った包みに目を移す…と、そんなことを何度も繰り返していた。
そうして姫は今更ながらに、味見をしていない事に気付く。
しかし、トリュフは余分には作っていない。出来上がった物をその場で包装したからだ。
「むう…仕方が無い。一個くらいなら…」
少し迷った挙句、姫は味見用に一つだけ、フォレストにあげる為に作ったトリュフを口に入れた。
「…! おいしい、これ……も、もう一個だけ…」
手作りトリュフは姫の予想以上に美味だった。
そしてこれが新たな後悔の引き金になるとは姫自身想像も付かなかったのだ。
「…………」
数分後、姫は殻になった包みを見やり、がっくりとうなだれた。
「やってしまった…」
味見のつもりが、つい魔が差して全部食べてしまった…ああ、もう私の莫迦……。
それもこれもチョコが美味しすぎるのがいけないのだ。
悪いのは私ではなく、美味しいトリュフの所為なのだ!
などと無理に責任転嫁してみたりしたところで、無くなったチョコは戻らない。
「どうしよう…」
そうして無類のチョコ好きの姫は一晩悶々と悩みながら眠りについたのだった。
恋聖祭当日。
城内に限らず、国内がチョコの甘い香りで満たされていると言っても過言ではないだろう。
皆、恥かしげも無く当然のように、あちこちでチョコを渡したり渡されたりしている。あげた方も貰った方も照れながらも嬉しさが滲み出している。
何故恋聖祭がこれほど盛況なのかは国の制度に原因があった。
いわゆる「身分違いの恋愛はご法度」だが、この日だけは『義理チョコ』という建前で、身分の違う者に想いを寄せる者達が堂々と想いを伝える事が出来るからだ。いつからかこれは暗黙の了解になっていた。
きっと今年も沢山のカップル達が誕生するのだろう。
しかし、恋聖祭はチョコを渡して、ハイ終わり! というものではない。少々厄介な事に、チョコを渡された相手は必ずそれを完食せねばならないのだ。しかもその量は時が経つにつれ、多ければ多いほど良いとされていた。
その為、この催事が終わって少しすると別れる者達も中には居たりする。何故か。
恋焦がれた相手にチョコを渡し終えるまでは、素敵に見えていた相手が実際付き合ってみるとそれほど大した事がないと気付いた瞬間ふっと、それまでの恋心が消えていく者がいるからだ。
そして、チョコを食べ過ぎて太ってしまった相手に失望する者もいた。可哀相ではあるが大半が若者である為、それも自然の成り行きなのかもしれない。
渡す方も大変だが受け取る方も大変だ。貰ったチョコは全て完食しなくてはならないのだ。ことに世間一般で言うところのモテる男性は貰うチョコの量が半端ではない。
そういうわけで、彼らは今日一日いかに女性から逃げ切るかという事ばかり考えていた。貰ったチョコ=完食なら貰わなければ良いのである。それはフォレストとて例外ではなかった。
チョコをくれる相手が姫なら致死量でも完食するというのに。
柱の影に身を潜め、少女達が走りすぎていくのを確認するとフォレストはそっと身を乗り出した。
よしよし、誰もいませんね。
フォレストは人気の無い方へ歩みを進めながらふと思う。
そういえば今朝から我が愛しの姫君の姿を見ませんねぇ。今年はチョコを貰える気がするんですが。というか貰いたいんですけどね。
思えば今まで義理チョコすら貰ってないですから。まあ、姫はあの通り初心ですしねぇ。今までも陛下くらいにしかあげてませんし。
城内をうろついていれば嫌でも会えると思ったんですけど。
フォレストは残念だとため息を吐きつつマイティール城を仕方なく放浪することにした。
「………」
そんなちょっぴり哀愁の漂うフォレストの後姿を見つめながら、姫は心の中でそっと謝罪した。
本当は私だってフォレストにチョコをあげるつもりだったのだ。けれどそれはもう無いし、今更作り直すのも恥かしい。
それにチョコが無くなった理由が理由だけに罪悪感が募り、顔を合わせ辛いのだ。
――――自分で食べてしまったなどと言えるわけがない…!
そういうわけで、姫はフォレストに見つからぬよういつも以上に気配を隠す事に重点を置き、人気の無い場所を選んで転々と移動を繰り返した。
そうして長いような短い時間はあっという間に過ぎ陽が落ちようとしていた。
折角の恋聖祭なのに…な。
姫は城の最上部の屋根に腰を下ろし眼下に広がる街を少し切ない思いで眺めていた。
はにかみながら想いを寄せる相手にチョコを手渡す少女と、その想いが伝わった時の眩しい笑顔。そして相手の幸せそうな笑顔。
本当に幸せそうな二人の顔が姫の脳裏をかすめる。
……私はこんな誰も近寄らない所で、たった独りで何をしているのだろう。
今までの人生の中でこんなに寂しい恋聖祭は初めてだ。いつも父上やラクエルにあげていたからな。
…ラクエルは、もう、居ないけれど。
姫は更に切なくなって自分の両膝を力強く抱えて額を膝に乗せた。
その時。
「みーつけた♪」
いきなりの背後からの声に一瞬体をびくつかせる姫だったが、声の主が解ると曇り顔になる。
「おやおや〜せっかくダーリンが会いに来たというのに、浮かない顔ですね〜」
フォレストは姫の背後から覗き込みながら言った。
「…今は、そなたに会う気分ではない」
ますます後悔の気持ちが強くなる。解っている。これが半ばやつあたりだという事は。
一番あげたい本人に渡すチョコが無いなんて……。しかもそれが気まずくて丸一日身を潜めて。結局見つかって。
姫の心中を気まずさと罪悪感が満たしていく。
「そうですか。…では退散しましょう」
フォレストは苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がる。
踵を返し歩みを進めようとすると、裾の方に微かな重みを感じて足を止める。
「姫?」
そっぽを向いたまま、けれどしっかり自分の服の裾を掴んでいる少女を見ながらフォレストはそう口にした。
「フォレストの所為じゃない…私が悪いんだ……」
あまりにも愚かで間抜けで。
「チョコ、欲しいだろう?」
「そりゃもう姫からならいくらでも」
フォレストは微笑した。
けれどそれは、今の姫にとっては逆効果で。
「すまぬ……」
「何故謝るんです?」
「ない、から…」
姫は今にも消え入りそうな声でそう告げた。
「まさか、私に渡すチョコがないから今日一日会うのを避けていた、なんてオチじゃないですよねぇ? 姫」
「う……」
フォレストの引きつった笑みに、姫は何と言って良いのか解らず口ごもる。
「お・莫・迦・♪」
言いながらフォレストは姫の額をとん、と小突いた。
「うわっ」
思わず姫はバランスを崩し、後ろ手に体を支えた。ちょうど尻餅をついたような体勢になる。
その一瞬の隙をついてフォレストは姫に覆いかぶさる。
「ななな、何だ!?」
体の両側をフォレストの腕に阻まれ身動きが取れない姫は内心焦った。そして後少しで触れそうな距離に互いの顔があった。
「気持ち、でしょう? 一番大切なのは」
「それは、そうだが……」
姫は至近距離にあるフォレストの顔にドキドキしながらそう答えた。
目を逸らしたいような、もっと見つめていたいような。けれど気恥かしくて逃げ出したくなるような、複雑な心境で。
「私はあなたが傍にいてくれれば、他には何も望みません」
「…うん…」
「チョコはこの先いくらでも貰えそうですし?」
フォレストは意地悪い笑みを浮かべる。
「うっ」
「でも何故、チョコが無いんです? まさか自分で食べちゃったとか」
「そそそ、そんな訳なかろう」
咄嗟に姫は嘘を付いてしまった。こんな間抜けなオチは出来るなら一生隠し通したい。
「そうですか。口の端にチョコがついてい…」
「なっなに!?」
フォレストの言葉に姫はさっと口元を押さえる。
「…ませんが」
姫の慌てぶりにフォレストはくつくつと喉を鳴らす。
「だ、騙すなんて酷いぞっ」
自らそうなのだと暴露したようなものだ。姫は恥かしくて真っ赤になる。
「おや、人聞きの悪い。嘘つきな誰かさんにそう言われるとはねぇ?」
フォレストは楽しそうにそう言った。
「ううう、うるさい! いい加減に退け!」
「動きませんよ? あなたがキスしてくれるまで」
「なにっ!?」
いきなり何を言い出すのだ、この男は。
「良いではありませんか。チョコの代わりという事で」
「!!」
「キス一つであなたの罪悪感が消えるのです、安いものでしょう?」
あああ、何故かフォレストの笑みが邪悪っぽく見えるのは私の気のせいだろうか!?
「さっき何も望まないと言ったではないか!」
「ああ、では訂正しておきましょう。時と場合による、と。ほらこれで心置きなくキス出来るでしょう」
あっさりとそう告げるフォレストに姫は言葉を失いかけた。
「そんなに……」
キスしたいのか。
「当然でしょう? あなたは嫌なのですか?」
言葉にしていないところもちゃっかり理解してフォレストはそう告げた。
「そんなことあるかっ」
思わず語気が荒くなり姫は更に頬を赤く染める。
「では、良いでしょう? たまにはあなたからしてくれても」
フォレストは青い瞳に期待の色を浮かべ姫を見据える。
「……………………わ、わかった」
姫は暫く迷った後そう答えた。
フォレストの頬を両手でそっと挟むと、互いの視線がぴたりと重なり合う。
至近距離で見詰め合うことに慣れていない姫は、恥かしさで更に頬を上気させる。両手から伝わるフォレストの体温も妙にリアルで、姫の鼓動は一気に跳ね上がった。
「目を…閉じてくれないか…」
正直恥かしすぎてどうにかなりそうだ。
フォレストは姫の言葉に従い瞼を下ろした。と、同時に姫がほっとしたのが伝わってきて内心、苦笑する。
そうして、ほどなくして二人の影が一つに重なった。
互いの唇が重なったのを確認するや否や、姫は身を引こうとした。
が、いつの間にかフォレストに後頭部を抱きかかえられており、それは叶わなかった。
軽いパニックに陥っている間に、唇の間からフォレストの舌が口内へ入ってくる。そのまま絡め取られ、心地良い感触に翻弄され姫は体中の力が抜けてしまう。
全身が心臓になってしまったかのように、どくどくと脈打ち、熱くて頭の中がぼうっとして抵抗すら出来ない状態であった。
なんなのだ、これは!? こんなの知らない!
何故体に力が入らない!?
いっその事気絶できたら楽なのに。
漸く解放された時には姫の瞳はうっすらと涙で潤んでいた。
「すぐ解放してあげようと思っていたのに、あなたが逃げようとするからいけないんです」
いつもどおりの微笑で答えたフォレストだが、その瞳にはまだ熱が燻っている。
反論すらままならない姫は、フォレストをぐっと睨みつけた。
「あなたは、本当に可愛い人だ…」
最後にもう一度、姫の額に口付けるとフォレストは起き上がった。続いて姫も抱き起こしてやる。
「日も暮れてきた事ですし、そろそろ戻りましょうか」
その頃には辺りはすっかり闇色に染め上げられていた。
フォレストは姫を部屋の前まで送ると、あっさりとその場を立ち去っていった。おそらく姫を気遣っての事なのであろうが。
姫はフォレストが居なくなるのを確認すると、ほっと一息付く。
「はぁ…」
扉を開け、自室に入るとベッドの上に寝転がる。
「…つかれた……」
こんな事になるなら、素直に事情を説明して逃げずにフォレストと会っていれば良かった。
フォレストはフォレストで意地悪だし。
うぅ、明日からどんな顔をして会えば良いのだ!?
フォレストはきっといつも通りなのだろう。けれど私は…恥かしくて逃げてしまうかもしれない。
そうして、悶々としながら、姫は眠りについたのだった。
翌日。
「おはようございます、姫」
いつも通りの微笑でフォレストがやってきた。
「う、あ…」
言葉を返そうとした姫だったが、一気に頬が薔薇色に染まっていく。うまく言葉を紡げない。
思い出すつもりのない昨日のアレがリアルに思い出された。
そんな姫を楽しそうに目を細めながら見つめ、フォレストは一言。
「えっちv」
「!!」
姫は口をぱくぱくと魚のように動かす。何か言ってやりたいが言葉にならないのだ。
この後姫は思い切り強く決心を固めた。
来年は何が何でもチョコを渡そう――!
〜fin〜
【後書き】
更新が止まってるので苦し紛れに短編書いてみましたパート2です。
本編の更新もままならないというのに、今更ヴァレンタイン物アップです^^;
間に合わせるつもりで書いていたのですが、やはり無理でした。がっくし>orz
恋聖祭に関しては例の如く相方に考えさせました(苦笑/ぐっじょぶ!)
姫達の世界にもヴァレンタインがあったらいいなあと思い、だけどそのままヴァレンタインと表記するわけにもいくまい、と。
もっと時間があればラヴラヴ絵など描いてみたかったなぁ。
・お戻りはブラウザバックでお願いします。
サーチ系から来た方はこちら。小説トップへ飛びます。
2006/02/24up......