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 02:甘噛み

「こういう事には興味ないと思っていたのですが、姫も年頃の女の子なんですね」
 いつもの微笑を湛えたままフォレストは店の入り口に立っている。隣にはイルアーナ第二皇女ティナローザの姿がある。
 姫は興味深そうに店を眺めている。店先には様々な色と形の蝋燭、金運のお守りや恋愛のお守り、なにやら不思議な絵が描かれているカード等、あまり良く解らないが不思議そうな物が並んでいる。
 黒猫がおすわりしている形の看板には『ミュレーの館』と書かれている。
 蔦の模様で飾られた木の扉をゆっくりと押し開けると、不意に空気が変わったような感覚に陥った。香でも焚かれているのか不思議な、けれど気持ちが落ち着くような香りがする。
 少し警戒しつつ足を踏み入れると、木目の床が軽く軋む。
 店の中には、原石のままの天然石やそれを加工した腕輪や首飾りが左側に陳列されている。右側にはフラワーエッセンスや、エッセンシャルオイル、ナチュラルソープなど植物を素材にしたものが並べられている。真ん中には不思議だけれど綺麗な絵が書かれているカード、魔術書のようなものなどが並んでいる。
 さほど大きい店ではない為、歩くときは少し気をつけないと商品を落してしまいそうだ。
「ほう……占いの店はこういう風になっているのだな」
 第二皇女という肩書きから、街の占い屋に来たことが無い姫には全てが新鮮に映る。
 興味の赴くまま、不思議な色の鱗や何かの動物の足をお守りにしたような物など見ていく内に店の奥にたどり着く。暗い紫色の幕で仕切られたそこは、どうやら占い師がいるらしい。
「ありがとう、ミュレー。私頑張るねっ!」
 と言いながら幸せそうな表情で姫と年の変わらない栗色の髪の少女が出て行った。そのとき偶然にも幕の奥に座している占い師と姫の視線が重なった。
「あら、もう一人居たのね。どうぞ入ってらっしゃいな」
 占い師というからには不思議な雰囲気を纏っているのかと思いきや、そこには裾の広い長い衣装に身を包んだいたって普通の若い女性が座っている。若いといってもフォレストと同じかもう少し上くらいであるが。
「えっ、あっ、私は……」
 不意に話しかけられて姫は動揺した。が、フォレストに軽く背中を押され幕の中に入る羽目になった。
 何て事をするんだ! と心の中で毒づいたが、姫は椅子におずおずと腰掛ける。
「さてと、何を占ってあげましょうか?」
 占い師は人懐っこい笑みを向けて姫に尋ねる。
「え、ええと、そうだな……」
「お金のこと、将来のこと、恋愛のこと、仕事のこと、前世のこと……」
 ゆっくりと項目を挙げていく占い師、ミュレー。
 そして彼女は恋愛のことと言ったとき姫が僅かに動揺したのを見逃さなかった。観察眼が鋭くなくては占い師はやっていけないのだ。
「ふふ。決まり。あなたの恋のことについて占いましょう」
 ミュレーは悪戯っぽく微笑んで、手元にある淡い色の色とりどりの石を一つの山に纏める。
 淡い色の綺麗な石には一つ一つ繊細な文字とも模様ともつかぬものが彫り込まれていた。
「想い人が居るならその人を思い浮かべながら、自分が納得できるまで念じながらこの石を両手で包んで振ってみてね。次に石を机の上に自然に落してみて」
「うむ。了解した」
 そう言って姫は山積みにされた石を両手で包み込むように持ち、言われたとおりに念じながら振った。
 ……そろそろいいだろう。
 姫は十分に振った石を机の上にころりと落した。石は四方八方に散らばって落ちた。
 ミュレーは石の散らばり具合や文字の有無を一通り見てからこう告げる。
「結論から言うと、悪くない恋愛運ね。だけど……いまいち相手は物足りなさを感じているみたい。それはきっと肌の触れ合いが少ないことね。たまにはあなたから積極的に迫ってみることをおすすめするわ」
「……!」
 姫は何故かその結果がとても当っているような気がして驚いた。フォレストが隣に居たらきっと真っ赤になっていたに違いない。
「わ、私から積極的にって……」
 そんなの出来る訳無いじゃないか!
 恥ずかしすぎて死ぬ!
 表情には出さないが心の中で姫は叫んだ。
「大丈夫よ、甘えながら耳でも甘噛みしてあげなさい」
「!」
 さすがに今度は動揺を隠せない姫。その様子を楽しげに見遣りつつ「がんばってね」とミュレーは笑った。

   *     *     *

 姫とフォレストは人気の無い畦道を歩いている。
 夕刻を知らせる時計塔の鐘がなったのはほんの少し前。
 姫は自分の隣を歩く賢者をちらりと盗み見る。
 夕日で照らされた横顔は朱に染まり象る影は彫りの深さを浮き上がらせる。
 そんなフォレストを内心ドキドキしつつ姫は見ていた。
「今日も平和ですね。夕焼けの空が綺麗です」 
「…………」
 しかし姫は占い師に言われた事で頭がいっぱいで返事を返すこともままならない。
「姫?」
 心ここにあらずな様子にフォレストは、姫に呼びかける。しかし返答は無かった。
 やはり思ったとおりだと一人納得するフォレスト。占いの館を出てから姫の様子がよそよそしいのはとっくに気づいていたけれど。
 軽く可愛い額を小突いてやると、姫ははっと我に返る。
「……で、何を言われたんですか」
「え?」
 急な問いかけに姫は動揺した。
「占いの館をあとにしてから様子が変ですからね。嫌でも解ります」
 フォレストはやれやれと短い溜息をつく。
「むう」
「私には教えられないようなことですか?」
「うう……」
 顔を近づけられて姫は恥ずかしくて俯く。
 教えられないことではない。だがコイツにあんなこと言ったら絶対そうするまで解放してくれない気がする。
 寧ろ大喜びするに決まってる。
「解りました。姫はもっと私を信頼してくれてると思ってたのですが、私が自惚れすぎていたようですね……」
 フォレストは寂しそうに微笑む。
「ち、違う!」
 言わなければ。
 でもあんな恥ずかしいこと口にできないっ!
 どうしたらいいのだ……。
「違うというなら、教えていただけませんか?」
 そう言ったフォレストの声と表情があまりにも寂しそうで。
 姫は占い師に言われたことをしこたま顔を真っ赤にして口にしたのだった。

「はっはっは! 素敵な占い師さんではないですか♪」
 さっきとは打って変わって絶好調なフォレストである。
「……っ」
 やっぱり教えなければ良かった!
 と思っても時すでに遅し。フォレストはやる気、いやされる気満々である。
「姫」
 語尾にハートマークを浮かべ、いつ甘噛みしてくれるのかとわくわくしながらその時を待つフォレスト。
「うう……」
 早急にここから立ち去ってしまいたい、と思ったもののここは遥か上空。
 異常に人目を気にする姫を気遣って(?)フォレストがグリフォンを呼んだのだった。
「さあ、姫♪」
 フォレストは嬉しくて姫を促す。
「なあ、フォレスト。別に今すぐしなければならない訳じゃないだろう。そろそろ日も暮れることだし、城に戻らねば」
 我ながら巧い言い訳が出来たな。
 そうとも。よくよく考えてみれば何も今する必要は無いではないか。
「では甘噛みしてくれたら急いで戻ります」
「なっ!」
「このまま煙に巻こうなんて十年早いんですよ。さ、観念してください」
 フォレストは姫の腰に手を回しぐいと引き寄せた。
「ば、莫迦者! そんな恥ずかしいこと出来るかっ!」
 恥ずかしさが頂点に達した姫は、頬を真っ赤にして叫んだ。
「出来なくてもやるんです♪」
「そんな無茶言うな! どうしたらいいか解らないじゃないか!」
「ああ、それは見本を見せろと仰っているのですね。解りました」
「違うー!」
 体を離そうとフォレストの胸に腕をつっぱるがびくともせず、あっさりと抱きしめられる。
「うわっ!」
 間髪いれず耳朶に柔らかいものが触れた。軽く数回啄ばむように口付けられた。
「フォレスト……ん…っ」
 微かな水音と共に耳朶を軽く歯で刺激される。その心地良さと恥ずかしさで姫は双眸を固く閉じる。
「可愛い」
 フォレストは満足とばかりに微笑んだ。

 が、それで満足したフォレストはそのまま城へ戻り、姫に甘噛みしてもらうのを思い出したのは翌日姫にあってからだった。
「ひとつ貸しですね、姫」
「何が貸しだ、何が!」
 耳元で囁かれ姫はやっぱり顔を真っ赤にして叫んだのだった。


 〜fin〜








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【後書き】
 お題の二番目ですね。
 甘噛みという割にちっとも色気が無いような気もしますが(笑
 にしても暑くてやる気がおきぬorz

2008/07/24up......