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 01:囁く

 まだ夜が明けきらぬ黎明の空の下、しっとりと纏わりつくような湿度を孕んだひんやりとした朝露を、絹を思わせる艶やかで豪奢な花弁で受け止める数多の貴婦人達。
 彼女達を傷つけないように、静かに優雅に散策する少女は紫銀の髪を束ねることなく風に任せている。そのしなやかな髪は彼女の踝に届くか届かないかといったところだ。
 漸く明けようとしている早朝の薔薇園を歩く様子は、さながらこの世の人とは思えない不思議な空気を纏っていて。まるで彼女自身が薔薇の精霊のようでもある。
 昨夜早く眠りについた為かいつもより大分早く目覚めてしまった。
 ひんやりした大気の所為でもあるのだろうが、やけに意識がはっきりしている。
 昼間の日の光の下で見る薔薇も綺麗だが、夜明けで徐々に色鮮やかになりつつある様を眺めているのも良いものだな。
 姫は明け方の空と同じ色の瞳で、一番近くの薔薇へ手を伸ばし繊細な指でそっと触れる。ほんの僅かな振動しか伝わっていないにも係わらず、許容外だったのか花弁に溜まっていた朝露がふるふると揺れ、白い花弁を雫となって滑り落ちる。
「綺麗だな……」 
 素直に感想を漏らし淡く微笑む。
 少し寒いな。なんといっても寝間着のまま出てきたからな。
 大分温かくなってきたとはいえ、白い薄絹を数枚重ねただけの服は足首まで覆っているとはいえ防寒用ではない。先ほどから花弁のようにひらひらと風に踊らされている。
 追い討ちをかけるように可愛いくしゃみが出た姫は口元を両手で覆う。
「全く、あなたという人は」
 聞き覚えのある響きの良いテノール。弾かれた様に姫が声のする方を振り向くと、自分の守り手たる蒼の賢者が佇んでいる。
「いつから居た? 何故ここに居ると解った?」
「せっかく人が心配して来てみればこれですからねえ」
 苦笑しつつも、姫が何事にも巻き込まれず確かに自分の目の前に居る事にフォレストは安心する。
「私の質問の答えになっていない」
「使い魔のシロちゃんとクロちゃんが、あなたが一人で出て行くところを見かけて私に教えてくれたのですよ。私の大切な姫にもしものことがあってはなりませんからね?」
 フォレストは理知的な青い瞳で姫を見据えて答えた。
「心配、してくれたんだな」
 ありがとう。と恥ずかしさの為か、か細い声で姫は礼を言う。 
「どういたしまして。お陰で良い物も見られましたし♪」
「いいもの?」
「徐々に明け行く空に、咲き誇る薔薇。そして、薄着のあなたの姿」
「……なっ!?」
 最後の言葉に姫は思わずフォレストから自分を守るように固く抱きしめる。
「おや、身を固くして。寒いのですか、暖めて差し上げましょう」
 言いながら有無を言わさず銀髪の青年は、身を強張らせている華奢な少女を両腕ですっぽりと包み込む。
「ちょ、フォレストっ!」
 お前解っててやっているだろうっ! フォレストを睨み付ける菫色の瞳が言外にそう物語る。
「はてさて、何のことやら。それもこれも無防備なあなたがいけないのですよ」
 わざと意地悪な笑みを浮かべるフォレストはとても楽しげだ。
「放せ、莫迦者!」
 びくともしない腕に、姫は必死に声を振り絞る。が。
「姫、どうかお静かに。無闇に大声を出されたら人が起きて来てしまいますよ」
 別に抱きしめられるのは今まで何度もあったし、初めてじゃない。かといって慣れてる訳でもない。
 だけどフォレストがあんな事を言うから、余計に意識してしまって恥ずかしいじゃないか!
「うう……」
 唸る事しか出来ない自分がとても恨めしい。
「以前にも言ったでしょう? 逃げるから追いたくなると。ほら、今だってどうやって私の腕から逃れるかばかり考えている。肩の力をお抜きなさい」
「そなたがそれを言うのか? 私をこんな風にしたのはそなたではないか……」
 言いながら恥ずかしさのあまり、柔らかそうな頬が薔薇色に染まっていく。
 フォレストの言う通り体の力を抜くと、彼も腕の力を緩めるのがわかった。 それなら……私もフォレストを抱きしめてみよう。
 姫は自分の両手をそっとフォレストの背に回す。するとフォレストも優しく姫を抱き返してくる。
「初めてですね。あなたから抱きしめてくれたのは」
 満ち足りたような落ち着いた声が姫の頭上でそう言った。
「いつもそなたが勝手に抱きついてくるから……」
「なんですか、その嫌そうな物言いは」
 フォレストは楽しそうにくつくつと喉を鳴らす。
「嫌だなんて思った事は一度も無いぞ!」
 思わず力が入り声が大きくなった事に姫はしまったという表情になる。
 今ので誰か起きて来たら……。
 私とフォレストが恋人だというのは秘密なのだから。
「大丈夫ですよ。にしても、嫌がられてなくて良かったです」
 くすくすとフォレストは笑う。
 次いで「でも」と付け足して、姫の耳元でたっぷりと蜜を含んだ甘い声音でこう囁く。

「無防備な姿や裸は私の前だけにしてくださいね?」

 〜fin〜








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【後書き】
 更新が止まってるので苦し紛れに短編書いてみましたパート3です。
 本編を書くには少し気力が足りない、しかし何か書きたいという事でお題などに挑戦してみました(笑
 ですのでこれもコンプリートまで何年かかるやらですね(苦笑

2008/03/09up......