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カボチャ祭りへ出かけよう♪



 カボチャの名産地。カボティーヌ。
 イルアーナ国の南方に位置する、ともすれば地図にも載っていないような人口三十人程度の村だ。
 田舎も田舎、家畜が当たり前のようにその辺をうろつき、途の真ん中に排泄していたりする、とてものどかで諍いなどある方が珍しい。それほどにのんびりとした穏やかな村。
 外観は童話に出てくるような可愛らしい村をそのまま切り取ったようだ。
 そんな知る人も少ない、ごく限られた空間で昔からずっと受け継がれているものもある。
 このカボティーヌはとても小さい村ではあるが、この土地の豊かな土壌で育った野菜は他のどの地方より美味しかった。が、やはりこの村までたどり着くのも入り組んだ道を間違えずに進まなくてはならない為、存在自体がほとんど知られていない。
 土地柄穏やかでのんびりした村人たちは、農業を主軸にのんびりとした日々を過ごしている。
 しかし、秋も深まりカボチャが収穫できる時期になると農民たちの気分は一気に高揚する。
 この豊かな土壌の恵みを十分に吸って成長したカボチャは自然の甘みがとても強く、それでいてクセの無いとても美味しいカボチャになるのだ。そのカボチャの収穫に感謝して、小さきカボティーヌの村では晩秋になるとカボチャ祭りが催される。いうまでもなく、村人たちの気分は最高潮に達する。
 各々が秋の恵みに感謝を表すために、個性的な衣装に身を包み、これまた豊かな土壌で育った麦から取れた麦酒を味わい、数々のカボチャ料理やお菓子に舌鼓を打つ。
 このカボチャ祭りがいつから始まったのか、誰が始めたかなんて皆知らないけれど。確実に先祖代々受け継がれてきたそれは今でも確かに、その地に深く根付いているのだった。

 そして、今年もカボチャ祭りのために村人たちは慌しく、そして楽しそうに準備を始めるのだった。

***   ***   ***   ***   ***


「姫、カボチャ祭りに出かけませんか?」
 年甲斐もなく子供のように目をキラキラさせていう賢者に、姫は一瞬怪訝そうな表情をした。
「……なんだ、カボチャ祭りって」
 初めて耳にする言葉に即座に状況が飲み込めない姫は、少し呆れ気味に言葉を返す。澄んだ菫色の瞳には微かな興味と疑問の色が浮かんでいる。
「このイルアーナの南の方にカボティーヌという村がありまして――――」
 銀髪の賢者はそれはもう楽しそうに、カボティーヌの村で行われる晩秋のお祭りについて姫に説明した。
 説明が一通り終わる頃には。
「行くっ! それで今度の祭りはいつなのだ!?」
 と行く気満々になっている姫が居た。乗せられた気がしなくもないが、楽しいならいいかと思ったらしい。
「ふふ。では決まりですね。祭りは明後日の朝から晩までたっぷりありますから、一日その村で過ごしましょうか」
「うむ。カボチャ祭りなんて初めてでドキドキするな。では、父様にお許しを貰って……」
「はい。既に許可は頂いております」
 形の良い瞳をすっと細め、楽しそうに賢者はさらりとそう告げた。
「……相変わらず手際がいいな、フォレスト」
 こいつめ。結局最初から行く気だったんじゃないか。
 私が行くことも既に視野に入れた上で、行きたくなるように仕向けたな。
 まあ、楽しそうだから……良いか。
 姫はフォレストに聞かされたカボチャの焼き菓子が気になってしょうがなかった。早く甘いカボチャ料理を味わいたいのだ。
「ふふ、姫なら絶対ご一緒していただけると思ってましたよ」
 満面の笑みで言う賢者に。
「ぬかせ」
 と姫も楽しそうに笑い返す。
「にしても、それほど小さな村であれば私を姫だと知るものも居るまいな?」
 自室の窓から見える真っ青な秋晴れを眺めつつ姫は言った。
「ええ。存分に羽目を外していただければ幸いです」
「そうか……」
 王家に生まれた以上、常に人目に晒される立場で生きてきた姫にとって、それは何よりありがたいものだ。
 きっと、フォレストはそこまで考えて私を誘ってくれたのだろうな。
 言われずともそれ位は解る。
 私ほど幸せな王女はそうそう居ないかもしれないな……。
 それが嬉しくて姫が優しげにフォレストのことを見つめていると、そっと壁側へ追い込まれた。少し戸惑っていると左右を両腕ですっと遮られ、背中が冷たい壁にあたり寒気がしたが、フォレストの熱い唇が優しく頬に触れ、姫は一瞬で自分が熱くなるのを感じた。
「ひ、人が……」
 来たらどうする、と言おうとした淡い薔薇色の唇はフォレストのそれにすんなりと塞がれた。
 重ねられた唇は熱く、それでいて優しく翻弄するようにゆっくり啄ばんでくる。
 気持ちよくて。恥かしくて。けれど自分ではどうにも出来なくて。
 与えられる快感にどうしていいか解らず姫の瞳にはじんわりと涙が溢れてくる。
 そんな事はお構い無しに、フォレストはもっとと思い、姫に体をすり寄せて口付けを更に深めていく。
「んっ……ふ…」
 堪らなくなって何か言おうとした口から零れたのは、自分のものかと疑いたくなるほど甘い官能的な声で、姫は尚更恥かしくなり力の入らない手でフォレストにしがみつくように抱きつく。でないと立っていられそうに無いのだ。
 夢の中に居るような、けれど体のどこかで感じ取れる甘い痺れが心地良くて、風に舞う花弁のように唯々姫はフォレストに身を委ねる。
 甘く切ない時間が終わったと気づいたのは、開放された唇が外気でひんやりとしてからだった。
 切なくなるほど優しい笑みを浮かべて、フォレストは姫の目尻を零れ落ちた涙をそっと拭う。
「このまま連れ去ってしまおうか……」
 耳を澄ましてやっと聞き取れるような空気に溶け込みそうな声でフォレストは呟く。姫と賢者ではなく、ただのティナローザとフォレストとして生きていけたらどんなにか幸せだろう。それはずっとフォレストが心の奥で抱き続けている想いだった。けれどそれは生まれが許さないと解っているから、吐息に紛らせるように願いをそっと口にすることしか出来ない。
 もう少し私が若かったら世界を敵に回してるでしょうね。
 などと少し物騒なことを考えていたら何か聞こえたような気がした姫が不思議そうに名前を呼んだ。
「フォレスト……?」
「ご心配なく。人が来ても平気ですよ。シロちゃんとクロちゃんに見張らせてますから」
「そうじゃなくて。今、少し寂しそうに見えたから……気のせいか?」
 一瞬酷く儚げに見えた気がしたが、既にいつもどおりのフォレストだった。
「寂しいですよ、もっとしていたかったですし」
「なっ!? このスケベ!」
 恥かしげもなくそう言うフォレストの言葉に姫は再び頬を真っ赤に染めた。
「何を今更解りきったことを」
 台詞と正反対な爽やかな笑顔で答えるフォレスト。そうして離れようとしたところを止めたのは意外にも姫だった。
「もう少し、このまま抱きしめててくれ」
「それはまたどうして?」
「どうしてって、……」
 気持ち良すぎて支えがないと立っていられないなどと、口が裂けても言えん!
 そんな姫の気持ちなど解りきっているという風にフォレストは留めの一言を言い放つ。
「……腰砕け?」
「!! フォレストの莫迦ー!!」
 恥かしい! 恥かしすぎて死にたい。いや死ぬのは困る。
 そんなことを心の中で叫びながら顔を見られるのも恥かしい姫は、フォレストの胸に顔を強く押し付けるようにして埋まった。
「姫ってば、ほんと可愛いっ」
 そんな姫の可愛すぎる行為にフォレストは破顔したのだった。

***   ***   ***   ***   ***


 秋の空は青く澄んでいて手を伸ばせば掴めそうなのに、どこまでも高い。長く癖の無い真っ直ぐな紫銀の髪を撫でる風も優しく、金木犀の香りを運んでくる。
「んーっ! 気持ちいいな!」
 姫は騎獣の背に跨ったまま大きく両手を伸ばして、空気を胸いっぱいに吸い込む。眼下には微かに色づきはじめた木々がさざめいている。
 姫とフォレストはマイティール城から目的地であるカボティーヌの村の手前まで、フォレストの飼っているグリフォンで移動し、そこから近くの村で調達した騎獣に乗って村を目指している。
 二人が居るのは村の手前にある小高い丘で、小休止を取り終えたところだった。
「しかしフォレスト。そんな地図にも載っていないような村に案内無しでたどり着けるのか?」
 隣で同じように騎獣に乗っている賢者を見ながら姫は問う。フォレストのことだから大丈夫だと思うけどやはり気になるものだ。
「ええ。……以前こちらに立ち寄ったことがあるのでご心配なく。そろそろ行きましょうか」
 騎獣を巧みに操りながらフォレストは姫の先導をする。丘を下りて人が一人歩ける程度の畦道のような道を迷うことなく進んでいく。
 周りは木々に囲まれてほぼ手付かずのはずなのに、枝葉が肌に触れることなく村の入り口まで来ることが出来た。姫が不審に思いフォレストに尋ねたら、風と木の精霊に頼んで通りやすくしてもらったのだと微笑まれた。
 村の手前を流れる小川沿いには秋の花々が咲き誇り、中でも秋桜は桃色や橙の花を楽しそうに風に揺らめかせている。
 小川に架かる橋は小さくて絵本に出てきそうな可愛らしい造りだ。橋にはお祭りを主張するように、手作りのカボチャの飾りが賑やかに飾られ、可愛いと姫は笑みを零した。
 騎獣から降り、歩いて橋を渡った先には左右に黄金色の畑が広がる小道が続いている。黄金の秋の実りが金色の絨毯のように風に靡くのがとても美しいと姫は思う。きっと旨い麦酒になるに違いない。村は小さくとも畑はそれなりに大きいのだな、などと考えながら暫く進んでいると幾つもの民家が見えてきた。
「着きましたよ、姫……いえ、ティナとお呼びした方が良いですね」
 フォレストの笑顔に一瞬どきりとした姫だったがすぐに平静を装い「うむ」と頷き返す。
 現在地から視認できる限りでは奥の方に小さめの広場があるようだ。民家はまばらにそこかしこにぽつぽつとある。丸みを帯びた三角の屋根に可愛らしい模様の掘り込まれた木の扉、白い漆喰の壁。窓際に置かれた鉢植えの花。警戒心があまり無いのか、猫が数匹その辺で日向ぼっこをしている。素朴ではあるけれどどこか温かみのある佇まいに姫の心は少しずつ穏やかになっていった。
 暫く村の様子を眺めていると、既に遊んで泥だらけになった子供がこちらに気づいて嬉しそうに走り寄って来る。
「『せいれい』さん、こんにちは!」
「え?」
「おねえちゃんは、なんのせいれいさん? あ、わかった! すみれ色のせいれいさんだー!」
「えっ、いや……私は……」
「いっぱいたのしんでね! またねー!」
 元気な子供は一方的に誤解して自己解決して、また走り去って行ってしまった。
「な、何がどうなってるんだ?」
「精霊のように綺麗だということでしょう。素直に喜んではどうですか」
 困惑している姫を見遣りながらフォレストは楽しそうに笑っている。

 騎獣を納屋に預かってもらった二人は、カボチャが山積みにされている畑にきていた。見慣れない二人がいるにも関わらずあいかわらず村人たちはのんびりとしていて、目があうと穏やかに微笑みかけてくれるから、姫とフォレストも微笑み返す。
「これが、全部かぼちゃ……」
 ただ大量なだけならまだしも、中には高さが人の腰ほどまである巨大なものまである。小さいカボチャと並べると苺と西瓜が並んでいるようだ。
 料理をしていない村人たちは子供も一緒に、カボチャの中身を一生懸命くり抜いている。そして顔の部分もくり抜いて色んな表情のカボチャの器のようなものがたくさん出来ていた。
 そのくり抜かれたカボチャの中に蝋燭を入れている。
「カボチャのランタンを作っているのだな」
「ええ。カボチャ祭りの代表的な物ですね。夜はオレンジ色の光で照らされて幻想的ですよ。……作ってみますか?」
「うむ!」
 人生初体験のことに瞳を輝かせて頷く姫にフォレストは手ごろな大きさのカボチャを村人から貰って手渡した。ついでに貸して貰ったナイフを突き刺すと、思ったより硬くはなくあっさりと皮を突き抜ける。これなら子供でもくり抜けると納得した。
「ではまずカボチャの顔を墨で下書きして、ヘタの部分を中心にカットしましょう。そこまで出来たら後はひたすらカボチャの中身を掻き出します。この作業は手がカボチャまみれで汚れてしまいますが、大丈夫ですか?」
「問題ない」
「ヘタは後で蓋に使うので綺麗に切り取ってくださいね」
 フォレストも姫の横に腰を下ろし胡坐をかいてカボチャに墨で顔を書き、ヘタの部分を切り始める。
 姫も周りやフォレストのやるのを真似ながらカボチャのヘタを取り除く。このカボチャの中身は思っていたよりも水気を多く含んでおり、手で掻きだすと水っぽい繊維やたくさんの種が詰まっているのが解った。カボチャの青臭さがより鮮明に感じられ、あまり良い匂いではないが我慢できないほどではない。
「…………」
 姫はひたすら無言でカボチャの中身を掻きだす。自分で思っていたよりも量が多く時間がかかる。隣をフォレストを見遣ると綺麗な三人の女性に囲まれている。
「なっ……」
 姫は驚いてすぐには言葉が出てこず呆然と見つめることしか出来ずに居る。何より苛立たしいのはフォレストが嫌がる素振りすら見せずひたすら作業に専念していることだ。
”貴方ならわざわざこんなことしなくても、簡単に出来るのに”
”いつでも命じてくだされば”
”綺麗な手がカボチャまみれになってしまうわ”
「手間ひまかけてやることに意義があるのですよ。気持ちだけありがたく受け取りましょう。あまり貴女達と仲良くしているとティナが焼餅焼くのでそろそろ行ってください」
 フォレストは三人の乙女達に微かに微笑んでみせた。
”貴方がそういうならしょうがないから行ってあげる”
”行ってあげる”
”行ってあげる”
 言いながら乙女達の姿はすうっと大気に溶け込んでいった。
 目の前で姿を消していった存在に姫は驚きを隠せないでいる。
 なんだ今のは。あれは人間ではない者だったのか。
 答えを求めてフォレストを見ると微笑が返ってきた。
「驚きました? ここは魔力の豊かな場所なのですよ。だから精霊たちも先ほどのように実体化しやすい、という訳です」
「……あ! では先ほど子供が私を精霊と間違えたのも……」
「そういうことです」
 もう一度注意深くあたりを見回すと、人間離れした美しい乙女達が居るのが解る。よく見れば微かに輪郭が空気に溶け込んでいるようにも見える。ここでは精霊は見えて当たり前の存在でごく自然に受け入れられているのだ。
「あんなにはっきりと精霊の姿が見えるなんて……」
「ええ。ここの豊かな土壌にも穏やかな魔力が染み込んでいるんでしょう。だからこんなに美味しいカボチャも採れますし、この村の人たちは生まれながらに精霊が見えるんです」
「この村の人たちは、か?」
 然り、とフォレストは頷いてこう続けた。殆ど魔力を持たない普通の人間がこの地へ来ても人ならざる者の存在は感じ取れない。この魔力の豊かな土壌に染み込んだ魔力を吸って成長した穀物を長きに渡り、先祖代々食べることで体内に幾らかの魔力を溜め込んできたからこそ見えるのだ。それとこの場所に溢れる魔力が揃って初めて村人達には視えるのだ。この場に溢れる魔力が少なければ見ることは出来ないだろう。
「なるほど……私とフォレストは元々高い魔力を持っているから、外から来たにも関わらず精霊が見えるのだな」
「ええ。ここはとても貴重な場所ですよ。規模が小さいとはいえ、人と精霊と魔力の釣り合いが凄く良く取れているんです」
「なるほど……」
「まあ、そういう訳ですから可愛い嫉妬なんてしなくても平気ですよ。ティナ」
「なっ!」
 見透かされている!
 だって、あのくっつき方はあんまりじゃないか。肌が触れそうなくらい近くて。
 以前会ったカリムフラウという美女の時もそうだったから。あれは事情があったけれど。
 でも、嫌なものは嫌なんだ。私以外の女性に触れて欲しくない。
 そう思うのは傲慢なのだろうか。
「わっ!」 
 思わず掻き出し中のカボチャの中身を握りつぶしてしまった姫は、あまり気持ちよいとは言えない感触に短い悲鳴を上げた。
「ぷっ」
 そんな姫の様子を見ていたフォレスト思わず噴き出す。
「わ、笑うなっ!」
「あはは、申し訳ございません」
 笑いを含んだ声で謝られてもちっとも納得いかない。
”折角の綺麗な顔が台無しですよ、茨の君”
 姫の顎に手をかけて、濡れたような藍の瞳で覗き込んできたのはとても美しい青年で。それでも実体は無いから触れることは出来ないのだけれど。
 姫は不機嫌だったのも忘れて彼を見つめていた。
「煩いですよ、どこへなりととっとと行ってください」
 すかさずフォレストが割り込んで青年の姿をした精霊を遠ざける。
”貴方がそう言うなら仕方ありませんね”
 ふっと笑い青年は姿を消した。
「まったく」
 フォレストはふうっと短く息を吐く。そうして安心したらしいフォレストに姫が一言。
「何故勝手に追い払うんだ」
「虫をおっぱらっただけです」
「何か話すことがあったかもしれないだろう?」
「そうだったとしても私の知ったことではありませんね」
 面白くなさそうにフォレストは言い捨てる。
「もしかして……焼餅か?」
「……そうだと、言ったら?」
 平然とした風を装っているもののフォレストがどことなく落ち着かないのは姫にまで伝わっていた。フォレストが目を合わさないなんて滅多にないことだからだ。
「私は一言も言葉を交わしてないぞ?」
 フォレストが平静を装ってるのがなんとなく解った姫は、笑いを抑えながら答える。
「姫に気安く話しかけて良い男は私だけなんです」
 少し拗ねた子供のような口調でフォレストが答えたから姫は思わず微笑んだ。
 自分より年上のフォレストを可愛いだなんて思ったら失礼だろうか?
 姫はくすくす笑いながらカボチャの中身を掻き出し、それが終わると顔をナイフでささっと切り取る。
「何が可笑しいんですか」
「何も可笑しくなんてないぞ」
 だめだ、フォレストが可愛いなんて言ったら何されるか解ったもんじゃない。
「素直に言わないと、このカボチャまみれの手で顔に触りまくりますよ?」
「な、何!?」
 カボチャまみれの手を目の前に持ってきたフォレストと姫の視線が合い一瞬互いの動きが止まる。次いでどちらからともなく笑いだす。
 全く。お互いいい年して何をやっているのやら。
 それでもこのひと時がとても楽しくて姫はランタンを作り終わるまで終始笑っていた。

 カボチャのランタンを作り終え、甘い焼き菓子の香りに誘われるように広場へ足を運ぶとすっかり準備が終わりそれぞれが祭りを楽しんでいた。
 村人たちはそれぞれ個性的な格好をしておめかしし、出来たての秋の木の実をふんだんに盛り込んだ焼き菓子や、カボチャのケーキやパイ、麦酒を堪能している。
 自分達が育んできた秋の収穫に心から感謝し、その恩恵を十分に満喫する村人たちはとても楽しそうだ。大人も子供も一緒くたになって子供のようにはしゃいでいる。子供にせがまれて仕方ないなという風を装いながらも、父親は楽しげに子供を肩車してやっていたり。小さな子供が年寄り達にあったかいスープを運んでいたり。見知らぬ自分達にも気さくに話しかけてきたり、お菓子をくれたりもした。村人たち全員が素朴で温かいのが見ているだけで伝わってくる。
 ここに居ると城でのぎすぎすした人間関係など遠い昔のようだ。醜い権力争いも、妬みも僻みもここでは全部蚊帳の外のようだ。
「……いい村だな、ここは」
「ええ……」
 言葉は紡がねどフォレストはいつかここで姫と暮らせればいいと思った。
 数百年も前から時の流れに取り残されてしまったような、童話の世界のような村。けれど、人の醜いエゴにほとんど侵食されていない、人々が温かい心を持っている奇跡のような貴重な村だ。

 つかの間の休憩を終えると、二人は先ほど作ったランタンを村人に混ざりながら広場に見栄えよく並べていくのを手伝った。納得行くまで並べ終えたときには既に陽が落ちようとしていた。
「よし、じゃあ火を入れ……」
 村の男が言い終わるよりも早く、カボチャのランタン全部にぱあっと灯りがともる。
「サービスです。朝から楽しませて貰っていますから」
 あまりの手際のよさに感動して呆然とする村人たちに、フォレストは柔らかな笑みを向けながら言った。
 おそらく初めて魔法を目にしたのだろう。村人たちは一気に盛り上がった。
「なんだかよく解らねえが、凄いな兄ちゃん! まあこっち来て飲めや! お、そっちの彼女も一緒にな」
「かっ……」
「はい、ではお言葉に甘えて」
 姫が戸惑っている間にフォレストは村の体格の良い男に誘われて、一緒に麦酒を飲み始める。ちゃっかり姫を隣の席に座らせて。
「おーっ、兄ちゃん良い飲みっぷりだな!」
「はい。水を飲ん……いえなんでもありません」
 水を飲んでいるのと似たようなもんですと言いかけてフォレストは口を噤んだ。男にすすめられるごとにあっさりと木製のグラスを空にしていく。
 飲め飲め、どんどん飲めと男は次から次へとフォレストの器に麦酒を満たしていく。どうやら酔いつぶそうと企んでいるらしい。
 ならば、とフォレストも男の器になみなみと麦酒を注ぐ。そしてそんな二人の様子を不安そうに眺めている姫の姿があった。
 私が心配するほどでもなかった、のか?
 数時間後――――机に突っ伏している男の姿があった。顔は猿のようにまっかで酔いが体中に回り寝潰れてしまったらしい。
「私を負かそうなど百年早いです」
 潰れた男に笑顔を向けながらフォレストは満足そうに言った。
「麦酒って不思議な飲み物だな。この人はでろでろなのにフォレストはなんともないし。どんな味がするんだ?」
 不思議そうに姫はフォレストが飲んでいる麦酒を取り上げ、少しだけ口に含む。
 すると予想外の苦味のある飲み物だと解り眉を顰めて無言でフォレストに返す。
「苦い……」
「ふふ、ティナももう少し大人になればコレの旨さが解りますよ」
「そういうものか?」
「はい」
「そうか……」
 フォレストと同じものを同じように飲んで楽しめないのはちょっと癪だ。知らず姫は麦酒に恨みがましい視線を送ってしまう。それに気づいたフォレストは声も無くただ肩を小刻みに震わせて笑いを堪えていた。

 そうこうしている内にあたりはすっかり夜も深まり、子供たちは皆家へ帰り寝つき、それに伴い女性と老人たちと徐々に人が減っていき、今広場にいるのは酔いつぶれて眠っている者たちと姫とフォレストのみだった。
「本当はもっと早くお見せしたかったんですが……」
「ん?」
「カボチャのランタンの精霊のダンス、見たくないですか?」
「ランタンの精霊なんて居るのか。見たいぞ!」
「御意」
 おそらく精霊語なのだろう、姫には聞き取りにくい声でフォレストが呪文を詠唱する。辺りが暖かな光で照らされ、飾られていたカボチャのランタンがひょこひょこ動き出したと思ったら、黒いハットとステッキに燕尾服を着た人形のような姿に変わる。
「……」
 姫は目の前の出来事に驚きつつも胸が高鳴るのを抑えきれず楽しそうにカボチャたちを見ている。
”カボティーヌ ヘ ヨウコソ!”
”カボティーヌ ヘ ヨウコソ!”
”カボティーヌ ヘ ヨウコソ!”
 おそらく単純な思考しか存在しないのだろう。カボチャのランタンの精霊たちはぴょんぴょんと酔っ払いたちの頭の上から上へ跳ね回り、キシシシっと品の無い笑い声を上げる。そしてステッキで酔っ払いの頭をぺしと叩くと、満足気に宙を舞う。
”イバラ ノ ヒメ”
 一人が姫に気づくと皆こぞって。
”イバラ ノ ヒメ”
”イバラ ノ ヒメ”
”イバラ ノ ヒメ”
”イバラ ノ ヒメ”
 ……とエンドレスに姫の周りに踊りながらわらわらと集まってきた。
「なな、なんだっ!?」
”ワレワレ ハ スバラシキ アルジ ニ チュウセイ ヲ チカウ”
 姫を中心に放射状に並んだカボチャのランタンの精霊たちは、恭しい仕草で全員片膝を付き姫に頭を垂れた。
 そして楽しそうにくるくると回るようにダンスをしながら、一人、また一人と姿を消していったのだった。
 あとには姫を囲むようにたくさんのカボチャのランタンだけが残されていた。
「フォレスト」
「嬉しかったんでしょう。きっと。彼ら精霊にはあなたの刻印は眩しく映る。滅多にお目にかかれない代物です。ですから……」
 フォレストは答える代わりに微笑んだ。
「そうか……」
 この一時期疎ましいと思っていた刻印が。
 けれど……。
 曇り顔の姫にフォレストは続ける。
「それもありますが、ティナは見目も綺麗ですし、いまどき珍しいくらい心が澄んでいるのですよ。精霊は心の清いものを好きます」
「そうなのか?」
「はい。あなたは気付いて無いでしょうけど、一日中この村に入ってから色んな精霊にくっつかれてましたよ?」
 私が睨んで追っ払いましたが、とは言わないフォレストだ。
「そうか? それほど精霊と関わった覚えは無いのだが……」
 フォレストがそういうのなら、まあいいか。

***   ***   ***   ***   ***


 それから二人は寝静まったカボティーヌの村に、そっとお礼を述べて立ち去った。
 もと来た道を戻り村の入り口にくると、いつの間に来たのか元々乗ってきた騎獣がその辺の草を食んでいる。
「すっかり遅くなったな」
 騎獣の背に跨り二人は月夜に照らされた森を駆けていく。視界が悪いのでフォレストが精霊魔法で辺りを明るく照らしてくれているのがありがたい。ざざざと川の流れのような葉擦れの音を聞きながら暫く行くと、来る途中立ち寄った小高い丘に着いた。
 辺りはすっかり闇色に染まっていたけれど、空の真ん中に浮かぶ月の光がどこか温かくて、姫はなんとはなしにそれを見つめている。雲ひとつ無く空気が澄んでいるから星もよく見える。
 二人は騎獣から降りてしばし夜空に心を奪われる。
「綺麗……」
「……」
 フォレストは夜空はほどほどに、そんな姫を幸せそうに眺めている。
「今日は凄く楽しかった。カボチャを繰り抜いたりカボチャ尽くしの焼き菓子を食べたり。精霊のダンスも見られて楽しかった。ありがとう、フォレスト」
 ……それにフォレストの焼餅も見られたし。これって凄く貴重だよな。
 歯がゆくて嬉しい。もっと見たいと思う。
「礼には及びません」
 やけに近いところで声がすると思って振り返るとフォレストの顔が間近に迫っていて。
 ゆっくりと優しく頭を引き寄せられ、唇を柔らかで暖かな感触が覆う。
 二日前の出来事を思い出した姫は物凄く恥かしくて、フォレストから離れようとしたけれど、突っ張ろうとした腕もやんわりと押さえられて口内を優しく蹂躙される。蕩けるような感触に甘い痺れが体を駆け巡り、フォレストにされるがままを受け入れる。
 くたくたになるまで愛撫されてから解放されると、姫は切ない吐息を漏らした。
 何度も口付けてはいるが、やはり慣れないものはなれない。
 あまりにも気持ちよすぎるから、色々おかしくなりそうで凄く困る。
 ……ずっとしていたくなる。
 姫はフォレストの服の袖をぎゅっと掴みながら真っ赤な顔でぼそりと呟く。
「いきなり……だな」
「今回は不可抗力です。きっと恋の精霊のしわざですね、コレは」
 相変わらず初心で照れ屋な姫にフォレストは微笑みながらそう言った。

 そうしてカボチャ祭りの夜は更けていくのだった。

〜終わり〜




●あとがき●
やっぱりハロウィンは好きなのでそれっぽいお話しをと思って書きました。
何とか間に合って良かった!!(笑
ちょっとところどころはしょりすぎた感はありますが……自己満足で書いてるので良しとします。


2008/10/31up......


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