―来訪者〜予期せぬ事(1)〜
![]() 予期せぬ出来事は、時々、突然我が身に降りかかる。 ぱりんっ!! 派手な音をたてて、割れた鋼。 「・・・」 割れた鋼を見て、少年は露骨に顔を歪めた。精製された鋼は、 美しい紋様を浮かび上がらせ、鋭い切れ味を誇る少年の愛剣である。 「リン・・・?」 名を呼ばれ、少年はおれた愛剣を見せる。 「うわ・・・、見事におれてんな・・・」 折れた剣を見せられた人物は、 太陽に映えるような金色の髪、海を思わす紺青の瞳をした好青年だ。 名はシェリフ、名うての冒険者である。 「おいおい、大丈夫か・・・?」 「一本だけだから、問題ない」 心配そうな彼とは反対に、リンと呼ばれた少年はしれっと答える。 長い黒髪は肩までで、無造作に切り揃えられている。 長く伸びた前髪から覗く灰色の双眸は獣のように鋭い。 初対面で、この灰色の瞳でにらまれようならば、 恐怖ですくみ上がることだろう。だが、シェリィは怖がらない。 何故ならば、この少年リンは彼の相棒だからである。 つまりこの少年もまた名うての冒険者なのだ。 リンは折れた剣を蝋色の鞘に収める。折れた部分は布に包み、袋に入れた。 「まあ、何年も使っているからな・・・」 「何年」と曖昧に答えたのには理由がある。 リンは本名をリーネと言う。 名が示す通り、正真正銘女であり、尚且つ絶世の美少女。 彼女の外見は17歳ぐらいであるが、実際の年齢はそれを裏切る。 何しろ、彼女の外見はいつのまにか成長が止まり、いまや200歳を数えるのだ。 これも血の成せる業か・・・。 彼女は苦笑する。 彼女の父親は、遠く古にエルフの血が入った一族の出。 そのため、彼の血筋の者は普通の人間よりはるかに長生きなのだと言う。 「町に帰ったら、鍛冶師に出すか?」 シェリィが問う。 冒険者であり、何でも屋の彼は、リンが本来の目的とは違う目的で、 愛剣を折ってしまった事を気にしているらしい。 この太陽のような金髪を持つ青年は、案外お人好しだ。 「気にするな」 自分よりも背の高い青年のうなだれる背中を軽く叩く。 「手入れを怠った僕も悪い」 自分で手入れをするには限度がある。 旅の途中、何度も鍛冶師に研ぎに出す事を考えたが、彼女は敢えてそれをしなかった。 リンの二振りの愛剣は、エルフによって鍛えられた名剣である。 人間より優れた素質を持つエルフが鍛えた剣は、人が鍛えた剣よりはるかに優れる。 人の鍛冶師にそれを見せれば、興味を引くに違いなく、 そこから、いらぬ詮索をされる事を彼女は何より恐れた。 本当の自分を―― 人は時として残酷であった。 異端の存在である少女は、それを己が身によって悟っていた。 「シェリィが同じでない?」と言い切れるかといえば、それは「否」。 だから、彼女は嘘をつき続ける。 「1本だけだとさすがに不便だな」 折れていないほうの剣を見つめ、彼女は呟く。 仕方ない―― 「これの作者に会って来る」 気難しいので、リンとしてはあまり訪問したくないというのが本音。 だが、この際、それも言っていられない。 「俺も行こうか?」 「いや、やめたほうがいい」 シェリィの申し出を、彼女はすぐさま却下した。 「人間嫌いだからな」 元々、職人はそういう傾向にあるが、愛剣の作り手たる彼は、 厭世的で人との交流をあまり好まない。 それは彼が人ではなく、エルフゆえなのかもしれない。 「痛い目を見たくなかったら、来るな」 彼女はぴしゃりと言い放つ。 「鍛冶師は全ての武器に通ずると言う」 何せ相手は人より優れた資質を持ち、彼女の倍以上を生きる相手。 彼に勝ち目があろう筈がない。 おとなしく町で待機してもらったほうが得策であった。 「シルフ――」 リンは振り向かず、表情も変えずに呼びかける。 ふわり―― 返事の代わりに一陣の風が吹いた。 風の精霊シルフ。リンが従える四大精霊の1人である。 精霊は定まった姿を持たないが、彼女に姿を見せる時は美しい女性の姿を取る。 『お呼びですか?我が君』 「町へ運んでもらいたい」 『了解いたしました』 涼やかな声で返事が返り、優しい風が二人を包み込む。その間、約数秒間。 風が離れた先にあったのは、二人が本拠地とする冒険者の街。 「・・・」 唖然と立ち尽くす彼をその場に残し、リンは歩き出す。 後ろを振り向き、彼の姿が無いのを確認するまで歩くと、シルフに言う。 「鍛冶師の町、イトスへ――」 再び、リンの身体を優しい風が包み込んだ。 目的地は鍛冶師の町、イトスの小高い丘の上にたつ小さな家。 リンの愛剣を鍛えた人物はその家に住む。 名をアレイラル。齢600歳を超えるエルフ鍛冶師である。 扉を叩こうとして、彼女はその手を止めた。 中から見知らぬ男女の声が聞こえたのである。 はて? リンは首をかしげる。 お客・・・? 人間嫌いとは言え、鍛冶師という職業柄、客がいなければ成立しない。 出直すか・・・。 リンとて人間嫌いの分類上、人との交流は避けたい。 自分の秘密を知られても困るのだから。 くるりと踵を返しかけた彼女の目の前で扉が開く。 「ぶっ!!」 勢いよく開いた扉は勢い余って、リンの鼻面を直撃。 その痛さに思わず鼻を押え、尻餅をついた。 「す、すまぬ!け、けがは・・・!?」 その声に彼女は顔を上げる。 声の主は紫銀の長い髪、董色の瞳をした17歳ぐらいの少女。 いや、男なら見惚れずにはいられないだろうと思えるほどの美少女であった。 「ああ、だから言ったじゃないですか、姫」 男性の声が重なる。 銀髪に青い双眸、少女に負けず劣らず、こちらの青年も美形だ。 年の頃は20代前半だろうか・・・? リンはエルフを見慣れているせいか、動じる事は無かったが・・・。 「急に扉を開けると危険ですって」 少女の頬にさっと朱が走る。 「も、もとはといえば、貴殿がっ!!?」 「いやですね、姫の照れ屋さん」 「なっ!?」 少女の顔がさらに赤くなる。 目の前で展開される光景に圧倒され、唖然としていたリンだったが、 「痴話喧嘩なら、他所でやれ」 との声にはっとする。 太陽の光にはぜるような金色の髪に、青いバンダナを巻き、 右の瞳は紅玉のような色をした鮮やかな赤、左の瞳は新緑を思わせる緑、 という珍しいオッドアイ。 「アレイラル・・・!」 二人に続いて顔を出した人物に、リンは叫ぶ。 彼女がこの地を訪れた理由は彼にある。彼の左右違う双眸が見開かれた。 「リ・・・、リンか・・・!」 彼女は立ち上がり、ぱんぱんと服の埃をはたく。 「この二人は客?」 二人を一瞥し、彼女は表情を変えずに問う。 「いや、ただの居候だ」 「居候?」 「事情があるが、説明するのが面倒くさい」 「ああ、いいよ、別に聞かないし、興味も無い」 彼女は手を振り、さらっと答えた。 「僕は僕の用事を済ませるだけだから」 彼女は折れた剣を取り出す。 「星嵐(せいらん)が折れた――」 アレイラルはあからさまに嘆息する。 「折れるまで酷使し続けたのか、あんたは・・・」 第一、 「星嵐(せいらん)と星樹(せいじゅ)は、少しの事ぐらいじゃ折れない」 「しょうがないだろう?自分の手入れじゃ、限界がある」 「その前に鍛冶師に見せろ」 きっぱりと言い放つ彼に、リンはむっとしながら言い返す。 「鍛冶師に見せて、妙な詮索をされたら困る」 「まあ、あんたの言い分もわからなくも無いが・・・」 「だろ?」 にやりと笑ったリンに一言。 「貸せ」 「いいのか、あれ・・・」 星嵐を手渡しながら、彼女は言い争うというか、一方的に怒っている少女と、 その少女をからかっている青年を指差す。 「いつもの事だ。放っておけ」 アレイラルは二人を一瞥し、 「姫さんが疲れたら終了だ。気にしたら、こちらが疲れるぞ」 受取った星嵐を抜く。「ぎらり」と金属独特の鈍い光が洩れた。 「折れた破片は?」 「ここに――」 リンは袋から、布に包まれた剣の破片を取り出し、手渡した。 彼は折れた剣と破片を交互に見つめる。 「これなら、数時間あれば直せる」 「それは助かるな」 リンは一応ほっとした。 冒険者の自分が長らくあの街を留守にするのはあまり良くない。 何でも屋稼業に支障が出るかもしれない。 「急がないなら星樹も貸せ。ついでに研いでやる」 「その申し出、有り難いね」 皮肉るように肩をすくめるリン。 永年、旅をしてきたせいか、彼女は良くも悪くも世間慣れしていた。 皮肉るその姿は、その現われと捉えることも出来る。 「まったく素直に礼が言えないのか?あんたは」 「素直じゃないのは、お互い様だと思うがね」 肩をすくめたアレイラルに、彼女はにやっと笑う。 「違いねぇ」 その笑みにつられ、彼も苦笑いを浮かべた。 |